1章ー6 両親の魔石

太陽が頂点を過ぎたころ、その男が動いた。

「ギプソフィラ、君の父上、母上から紹介をうけた彼らの友人のアイザック・ライリー・クラークだ。君の父上から魔石を取り出して欲しいと言われている」

そこで一息ついて私が両手で持っていた母さんの魔石を父さんにもらった皮袋に入れ私の首にかけた。そして、私の脇に手を入れる。

「すまない」

私はその男に抱き抱えられた。

その男の顔を初めてまともに見た。

目が茶色で髪が黒い。

前世で見慣れた色だ。

茶色の目の人間は周りに居なかった。毎日色とりどりの目と髪を見ていた私にとっては少し懐かしさがある。

目鼻立ちがしっかりとしていて、整っている。

私が彼を見たことに彼も気付いた。

真剣な目で私を見る。

「両親を天に召されたばかりで申し訳ないが、君の父上の魔石を取り出させてもらう。ただ、君が見るには酷なものとなる。どうか私に抱かれて向こうを向いていてくれないだろうか?」

私は魔石を取り出す行為に気がついた。

魔石は体の中にあるのだ。

取り出すには、焼き払うか、もしくは切り出すしかないのだろう。

この男の魔法では人間を一瞬で焼き払うことが出来ないため、私が見るには耐えない状態になると言っているのだ。


私は首を横に振った。

「私が父の魔石を取り出すのは無理な事なのでしょうか?」

私の問いに彼はギョッとする。

そして、顔を強張らせたまま確認するように問いかける。

「魔石を取り出すと言うことがどう言う事かわかっていますか?あなたは自分の父の体に剣を突き刺せますか?」

私はやはりと思う。

魔石を取り出すためには体を痛めつけなければならないのだ。

私は一瞬揺れた。

大好きな父さんに剣を突き刺す行為ができるだろうか?

その疑問は一瞬のうちに消える。

私がやらなければこの男がする。

私は他の誰にも父さんを傷つけられたくなかった。

覚悟をし、男に対して頷く。

「私は他の誰かにそれをお願いすることはありません。私の手で丁寧に魔石を取り出したい。父と母が私に血生臭いことをさせたくないことはわかります。それに、貴方に対しても父と母の遺言に背かせてしまう失礼な行為だと分かります。でも、どうしても父が他の誰かに切り刻まれると思うと我慢できません。だから、私にやらせてください。力が足りないところを一緒に手伝ってもらえたら嬉しいです」

私は彼の目をみてお願いする。

「いや、しかし、、、」

彼は頭を掻いた。

目が右に左に動いている。

私はじっと彼を見つめた。

彼が少し笑った。

「似たもの親子だな」

ボソリと呟く。

「お嬢さん、分かりました。君の望みを叶えましょう。魔石がどこにあるかは分かっていますか?」

彼も覚悟を決めた目をしていた。

力の入った目でじっと見つめられる。

魔石のある場所については何も知らない私は力なく答えた。

「多分、ここ」

自分の左の胸を刺す。

私は魔物の解体さえ、一度見たきりだ。

その時に父が魔石は心臓に埋まっていると言っていた。

魔物の体の構造と人間の体の構造が一緒なのかは分からないが、母さんの魔石は色や輝きこそ違えど魔物の魔石と大差ないように思えた。だからこそ、もしかしたら魔物も人間も構造は変わらないのかもしれないと予想を立てる。

私は上目遣いにその男を見た。

彼は大きく頷いた。

「取り出し方は焼き払うか心臓を体から取り出すかのどちらかになる。焼き払うには超級の火魔法が必要になる。俺は万遍なく魔法は使えるが中級魔法までだ。焼き払うことは難しい。だから、ゲオルグの魔石を取るには心臓を取り出すほかない」

ゲオルグ?

聞き慣れない名前に手を止める。

彼は気づかない。

私はじっと彼を見た。

「やはり無理か?」

検討違いな質問をしてくる。

私は大きく息を吐き、視線を地面に向ける。

「いえ、ゲオルグと、、、」

私は小さな声で疑問を口にする。

彼の動きが一瞬止まる。

私は彼に目を戻した。

また、頭を掻いている。

私は身を捩って彼の腕から抜け出た。

地面に降り、膝をついている彼の前に立ち、正面から見据える。

「すまない。ゲオルグはゲオのことだ。色々な事情があるがここでは話せない。うちに来れば君が知りたいことは全部話そう。だから、今はゲオの魔石を取り出そう」

私はこの男が嘘をついているように見えなかった。

父も母も信用できると言っていた。

だから、私も信じることにした。

頷いた私に彼もまた頷いた。


私は自分の短剣を持って父の前に立った。

私の横にはあの男が立つ。

私はまず胸に生えるように刺さっている魔物を体から取り出すことにした。

彼には見守ってもらうようにお願いしてある。


私は、まず短剣を魔物と父の境に剣を差し込む。

そして、そこで火魔法を使う。


過去に2度ほど父が冒険者を連れて母のところにやってきた。

父は大きな魔法を使うことは簡単にできるようだったが、加減が難しいようで魔法の技術という面では母にはかなわなかった。

父が連れてきた冒険者は腕がなかったり、足がなかったりしていた。

母は火魔法を上手に加減して切れた周囲を焼いていた。

勿論、私にその様子を見せたくなかった母さんは部屋の奥にけが人を運んだ。

来た時、腕や足から血を滴らせていた人間が帰りはその傷口に水に浸した冷たそうなタオルを押し付けて帰って行くのを見た私は好奇心に駆られて2度目の時に覗き見をした。

母が切れた腕の断面に注意深く手から出した小さな火を当てていた。

火傷の痛みはそれほどないようで、自分の腕の切られた断面がケロイドになっていく様子を見ている冒険者が微笑んだ。

その冒険者は帰り際「隻腕になったが、低ランクの仕事なら出来そうだ。ありがとう」と言って帰った。

「あの人お礼を言っていたよ」

私は冒険者を見送った後にそう父と母に言うと、父が笑って教えてくれた。

「あいつは毒のある魔物に手の先を噛まれてな。普通なら1日もすれば死んでしまうんだ。それを俺が手を切れば生きながらえると教えてやって、手を切ってやったんだ。そのままでは、また傷口が化膿してしまう。だからフローラルに頼んで周りを焼いてもらったんだ」

「父さんも火魔法使えるのに、母さんじゃないとダメなの?」

「俺がやるとやりすぎて全身が火傷になってしまう」

私はビックリして父さんの顔を見た。

父さんはウインクしてニッと笑った。

「母さん凄いんだね」

「あぁ、フローラルはすごい魔法使いなんだ」

母さんは一歩下がったところで私たちのやり取りを見ていた。

母さんのことを話しているのに話に加わらず、考えの読めない微笑みを浮かべて私たちを見ていた。


私はその時の母に倣う。

ただ、母の様に私は出来ない。

父から血が噴き出すのを防ぐために剣を熱するように火魔法を使った。

火魔法を使いながら魔物が刺さっている周りに剣を刺していく。

剣の先を10㎝ほど魔物に沿って差し込む。

差し込むたびにジュッと言う音が聞こえ、肉の焼ける嫌な臭いがする。

私は息をしていない父に話かけながら作業を進める。

「父さん、痛かったね」

「父さんがこんな魔物に胸から噛みつかれるなんて何かあったのかな」

「父さん、最後まで私のこと大切にしてくれてありがとう」

「父さん、やっぱり母さんと二人でこんなに早く死んじゃうのはダメだよ」

「父さん、出来ることなら帰ってきて」

とりとめのない事をしゃべる。私の頬には涙が流れていた。

魔物の周囲にグルっと剣を刺し込み終わるころには嗚咽に変わっていた。

「父さん、魔物を今とるね」

私は物言わぬ父に声をかけ続ける。

最初そんな私のやり方に目をむいていた隣の男が物珍しそうに関心したように私を見ている。

魔物は私の手に余った。

しかも、重い。

私は隣の男を見る。

男が頷いた。

彼は直ぐに魔物を両手で掴む。

「ゆっくり、全部引き抜かないで下さい」

彼は5㎝ほど魔物を引き上げた。

「そのまま持っていてもらえますか?」

彼は頷いた。

私は魔物と父の間から滲み出てくる血を水魔法を使って土に返す。

魔法はイメージだと母に教わった。

私は父の体と地面を直径1㎝ほどのストローでつなぐ。

私の魔力は大きくはない。

無から何かを生み出すことは魔力消費が多く子供の私では難しいが、あるものをコントロールすることはそれほどでもない。イメージできれば魔力消費を抑えつつ実現可能だ。

母も血液を操っていた。水魔法の応用だそうだ。

私が眠らされたのも私の脳の血流をコントロールしたようだ。

私も母から聞いて動物で試してみたことがあるが、生きているモノの血液のコントロールは出来なかった。

父の体と魔物の間から赤い血液が地面へと流れていく。

私の額から汗が流れ落ちる。

魔物を持ち上げている彼が感歎の声を上げる。

「君はすごいな。血液をコントロールできるのか。高等技術だ。母上に教わったのか?」

私は頷く。

「母は生きたものの血液も操作できるようでしたが、私の魔力では無理でした。でも、生きていないモノの血液は液体なので魔法をかけるのにそれほどの魔力も技術も必要ないです」

ただ、私の魔力量と技術では、この作業だけで魔力を半分以上失う。

吸い上げる血液の中に空気が混ざり始め、魔物で堰き止められていた血液が無くなってきたことを教えてくれる。

空気の量が多くなったころ、私は彼に声をかけた。

「全部抜いて下さい」

私の時間の感覚で言えばこの間30分くらいだろうか。

その間同じ態勢で重たい魔物を持ち続けてくれたこの父と母の友人という男の力を垣間見た気がした。

魔物は蛇型の魔物だったようで抜くと顔が出てきた。

彼は出てきた魔物を地面に放り投げた。

私はそれを横目で見る。

「父さん、魔物を取り出したよ」

父の胸には大きな穴が空いていた。

私はそれを見て、自分の魂に空いていた空洞を思い出す。

父と母が埋めてくれた空洞。

私は父に空いた胸の空洞を覗き込む。

体の表面は私が焼いたからケロイドの状態だ。

その奥にある臓器から少しずつ血液が滲み出ていた。

私は剣を持ち火魔法で熱する。

焼けていない穴の傷口に少しずつ当てて止血をする。

熱で溜まっていた少量の血液も蒸発していく。

血液は蒸発しながら私の剣を赤く染めていく。

私は父に空いた穴の側面を全て止血しその奥の臓器に目をやる。

赤い赤い臓器だ。

それが心臓だとすぐに分かる。

私はそっとその父の胸に両手を差し入れる。

「父さん、手を入れるよ」

私は父の心臓にそのまま触れた。

さっきまで熱した剣がその穴の中にあったにも関わらず、その心臓は冷たかった。

そして、柔らかい。

握りこんだら私にでもつぶせるのではないかと言うくらい柔らかい。

私は心臓の形を確かめるようにその奥に手を進めていく。

その穴の中に血液が押し出される。

私の手は肘まで真っ赤に染まっていた。

「父さん、こんな事して痛いかな。ごめんね」

私は両手で心臓を包むように持った。

心臓の裏側に堅いものが触れる。

これが父さんの魔石だ。

私は一旦手を離す。

大きく呼吸した。

「君、大丈夫か?」

男が心配そうに私を見る。

優しい目だった。

私は体中を真っ赤にしていた。

もう少しで魔石を取り出せる。

「大丈夫です。父さんの魔石を確認しました。これから。心臓を取り出します」

私は再び剣を手にする。

血液で剣が滑り落ちた。

私は自分の手を見た。

なんて悲惨な状況だろう。

だけど、父に話かけながら死後の処理をしている内に心が大分落ち着いてきたように思う。

最後まで私の手で。

私は服で自分の手を拭う。

服は真っ赤に染まった。

「父さん、心臓を取り出すね」

私は慎重に心臓を取り出すように体と繋がった個所だけ切ろうとするが1人では難しいことに気付いた。

私は一瞬逡巡した後、彼を見た。

「手伝ってもらっていいですか?」

彼は頷いた。

私は剣を置いて、父の体に手を差し込み心臓と繋がっている血管を持ち上げる。

「ここにきて、私が今持っている血管をもっておいて欲しいです」

彼は父の体を挟むように私の前に来て、私が持ち上げた血管を持ってくれた。

私はもう一度服で手を拭ってから剣を持つ。

持ち上げられた血管の心臓に近い部分に熱した剣を当てながら切る。ただの剣なら血管が逃げて切れないだろうが、この剣は熱しているからゆっくり当てるとケロイドを作りながら切れていく。

彼は察してくれたようで、一つ切ったらもう一つも持ち上げてくれた。

体と繋がる血管を切り、私はそっと心臓を持ち上げ、取り出す。

私は心臓にそっと熱していない剣を突き立てる。心臓に残っていた血液を地面に流し、それから心臓にある堅い箇所の周りを切り取る。

中から赤いキラキラした母さんの魔石より少し小さな魔石が出てきた。

私は父さんの何も言わない動かない顔を見る。

「父さん、父さんの魔石を私取り出したよ。綺麗な赤色だよ」

私の目には再び涙が盛り上がっていく。

私は父さんの魔石を父さんの冷たい手の中に置く。

そして、心臓を元の位置に戻した。

そうして、私はもう一度服で手を拭った後、父さんの手から父さんの魔石を受け取る。

「母さんの魔石と一緒に私がずっと持っておくね」

私はもう一度父さんの胸に頭を押し付けた。

そんな私の頭の上に優しくて大きな手が乗せられる。

温かい大きな手に私は父さんかと思い、ガバッと顔を上げ父さんの顔を見た。

相変わらず目を瞑ったままの父、動いていない腕。

私は私の上を仰ぎ見る。

「よく頑張りましたね。君の父上もこんなに大事に扱ってもらえて幸せだったと思いますよ」

もう茜色に染まり始めた空を背に彼は優しく微笑んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る