1章ー5 魔物の襲撃2

私が目を覚ました時、まだ、外は慌ただしい様子だった。

どれくらい寝たのか分からない。

ただ、外が明るいから朝なのだろう。

私はベッドに寝かされていた。

傍らに置いてあった自分の剣を力を込めて握った。

母さんが置いてくれたのだろう。

ベッドからおり、期待を込めてダイニングキッチンの方に移動する。

そこには誰もいなかった。

まだ、帰ってきていない、、、


自分の鼓動の音が聞こえる。

ドクン、ドクン、ドクン、、、、

外の音が聞こえないぐらい私の鼓動の音が耳に響く。


私はそっと玄関の前に立つ。

母にここに居なさいと言われた。

帰ってくるからと。

でも、目が覚めても父さんも母さんも帰ってきていなかった。

これは探しに行ってもいいはずだ。

もし、母さんに外で見つかってもきっと笑顔で迎えてくれる。

私は玄関の取っ手に手をかけた。


ゆっくりとドアを開ける。

見えてきたのは見知った町ではなかった。

何もかもが違っていた。

建物の半分が崩壊し魔物と人の死体が地面に転がっていた。

前世のテレビで見たイギリスの兵隊のような服を着た人が幾人か見える。

見知った冒険者も数人見えた。


隣の家とは少し離れていた。

半壊状態だった。

その建物の脇には見覚えのある靴と小さな手が落ちていた。

そして、その横にはおばさんの顔だけが転がっている。


「ヒッ!」

思わず息を吸う。

すぐに顔を背けたが、その顔が私の脳裏に焼きついた。

おばさんは目を見開き口を大きく開けた顔でこちらを見ていた。

その顔は怒りと苦しみと悲しみと恐怖を想起させた。

おばさんは自分の子供を食べられて自分も苦しんで死んだんだ。


私は家の中に入りたい衝動に駆られる。

これは夢だ。

そう思いたい。


あたりを見渡す。

地面に転がる無数の魔物の死体。

魔物の死体よりは少ない人の死体。

魔物の死体を解体する冒険者。

死体を運ぶ見た事のない人たち。

怪我人を運ぶ人もいた。

町の人はどこかしら怪我をしているように見えた。

町は悲惨な状態だったが魔物の脅威は去ったようだ。


私はすぐさま駆け出した。

どこに行けばいいのか分からなかったが、魔物が入り込んできそうな町の入り口を目指した。

父さんも母さんも最前線で戦っていたはずだ。


父さんも母さんも強い。

大丈夫。


心の中で「大丈夫」を繰り返す。


沢山の怪我人や死体を横目に私は小さな体を一所懸命に使って走り続ける。

町の入り口に近づくにつれ、魔物の死体の数が増えていく。

この数の魔物が町に侵入すれば生き残るものもなく全滅するのではないだろうか?

父と母の姿はまだない。


町の入り口が見えるあたりになった。

私は息を切らせて肩で呼吸をする。

こんなに走ったのは初めてかもしれない。


町の入り口付近の建物の下に炎の様な赤と新緑の緑が見えた。

私はそこを目掛けて駆け出す。

近づくにつれ、父と母の顔が見える。

近くに誰か他にもいたが、私には見覚えがなかった。


「父さん!母さん!」

叫びながら父さんと母さんのそばに駆け寄る。

傍まで寄ってギョッとする。

父さんの胸から何か生えてる。

私の足が一瞬止まった。

たぶん魔物だ。

蛇のような魔物が剣の様に突き刺さっている。

胴の部分を剣で真っ二つに切られた状態だ。

父さんは死んだの?


私の不安を払拭するように父さんが手を大きく振った。

「フィラ、こっちだ」

私の体から一瞬力が抜ける。

まだ安心できる状態じゃない。

それでも、二人とも生きてる。

私は両手をギュッと握り込む。

息を思いっきり吸い込んで父と母の元に走った。


父も母も体を壁に預け座っている。

明らかに体に力が入っていない。

鼓動がうるさい。

大丈夫、今、二人とも生きてる。

大丈夫、大丈夫、大丈夫、、、、


私を見つけた母さんがいつもの笑顔になる。

「フィラ、間に合って良かった」

何に間に合ったのだろうか。

私の顔が緊張で強張る。


鼓動がうるさい。


母さんが私を呼び寄せる。

私は母さんと父さんの間に座った。

母さんは微笑んでいた。

「愛しのギプソフィラ、私たちはもうすぐ天に召されるわ。ごめんね、家に帰ると約束したのに守れなくて。あなたを1人にしてしまう。ごめんね」

そして、見知らぬ男を見て続ける。

「彼は私たち2人の古い友人なの。私たちが天に召された後は彼についていきなさい。愛してるわギプソフィラ」

私は男の方を向かなかった。ただ、必死に首を横に振る。

私の頬に力を無くした母さんの手が触れる。

母さんの手はすでに冷たい。私は母さんの手を取って摩る。少しでも温めて命を繋ぎ留めたかった。

私が摩る母さんの手に一瞬力が入り私の手を母さんが握りしめてくれた。

でも、それが最後だった。そこで力尽きたように腕が重力に従い地面に落ちそうになる。

私は慌ててその手を掴んだ。

「母さん、母さん、母さん、母さん、、、、」

その手を掴んだまま、私は母さんの胸に頭をつける。

母さんの体がどんどん冷えていくのが分かった。

私はどうにもならない現実に力なく声を殺して泣いた。

泣きながら父さんのぬくもりを背中に感じていた。

父さんが私の背中を優しくなでてくれる。

大好きな母さんの体が完全に冷たくなった頃、私は父さんの方に顔を向ける。

「父さん、母さんが、、、」

父さんもまた泣いていた。

「あぁ、すまない。俺もすぐに天に召されるだろう」

父さんは笑顔を作りちょっと戯けた様子で自分の今の状況を語ってくれる。

「この通り魔物に心の臓を狙われてな。体を貫かれた瞬間に魔物を切り落としたんだ。そして、フローラルが俺の心の臓に結界を張ってくれた。でも、もうすぐその結界の効力も切れる」

父さんが私の涙に濡れた頬を手で拭ってくれる。

優しい手だ。

この手が大好きだった。

そして、父さんも見知らぬ男を見て言葉を続けた。

「フローラルが言ったように俺たちが天に召された後はこの男にお前を託してある。この男は俺たちの味方だ。信用も出来る」

私はやっぱり父さんの顔ばかり見ていた。

何も言葉が発せられない。

私を見た父さんが本当に申し訳なさそうな顔をした

「俺たちが育ててやらなくて本当にすまない。母さんだけでも救えたら良かったんだけど、、、ごめんな」

頭をなでながら死ぬことを謝る父さん。

私は生きて今動いている父さんに必死で縋り付く。

どうにかして生きて欲しいと願っていた。

「父さん、まだ生きてるよ。死ぬかどうかなんて分からないよ。母さんの結界で守られてるうちにこの魔物を取り除いて止血したら、死なないかもしれないでしょ。ね!治療できる人を連れて来る」

父さんが、立ち上がろうとする私の手を引いて座り直させる。

そして、真剣な目で私を見つめ首を横にふる。

「本当にすまない。愛しいフィラを残して天に召されるのは俺も嫌だ。お前の隣で大きくなっていくフィラの姿を見ていたかった」

私は藁にも縋る思いで言い募ろうとした。

「じゃあ、生きるため、、」

途中で父さんの声にかき消される。

「無理なんだ。今も無理矢理生きてる状態だ。フローラルだから、この時間を稼げた。フローラル以上の魔法使いはこの世に数人しかいない。辛い思いをさせてしまうが、それが天の思し召しなんだろう。すまん」

父さんは私に頭を下げた。

私はまだ納得出来なかった。

まだ生きてる。

喋れている父さんの死を受け入れたくはなかった。

私が宙を睨んでいると、父さんが「大事な話をさせてくれ」と続ける。

「ギプソフィラ、お前には俺たちの魔石を持っていて欲しい。フローラルの魔石をこれから取り出すから、こちらに来なさい」

父さんは私の体を引き寄せた。

母さんと引き離される。

そして、父さんは火の魔法を使って母さんの体を一瞬で燃やして灰にしてしまった。

私はもう何も考えられなかった。

母さんが一瞬で消えたのだ。

停止してしまった私の横で父と母の友人だという男が灰の中からエメラルドのような緑のキラキラした魔石を取り出した。

男が小さく呟く。

「なんて、大きさだ」

母の魔石は私の手に渡された。

卵より少し小さいくらいの魔石だ。

私は落とさないように両手で持ち、その魔石を凝視する。

これが母さんの魔石。つまり、前世でいうところの遺骨みたいなもの。

私は小さな石になってしまった母を握り締めた。

それを父さんが目を細めて見ていた。

フッと思い出したように父さんは自分の首を弄る。

長い紐のついた皮の袋が出てくる。

「この中には父さんの父さんの魔石が入っている。フローラルの魔石と俺の魔石もこの中に入れなさい。この中のお前のおじいちゃんの魔石も持って置いてくれるか?」

私はもう頷く事しか出来なかった。

父の大きな手が私の頭をゆっくりと撫でる。

「ギプソフィラ、愛している。俺たちの元に生まれて来てくれてありがとう。俺の人生は素晴らしいものだった。お前とフローラルの笑顔が俺を幸せにしてくれた。天に召されてもそれは変わらない。フィラ天からフィラを見ているから」

父さんは微笑んだ。

そして、目を閉じた。

私の頭にあった腕は地に落ちる。

私は泣いていた。

声は出ない。

父にもらった皮袋を握りしめ、大きな母の魔石を抱き、魔物が生えた父の胸に顔を押し付けて、泣き続けた。

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