1章ー4 魔物の襲撃
その日は突然やってきた。
もう少しで7歳になるという秋の終わり。
私はよく笑うようになっていた。
母が6歳の誕生日に「フィラが笑うようになって良かったわ。赤ちゃんの頃から泣いたり笑ったりあまりしない子で、フィラにもっと笑って欲しいなって思ってたのよ。本当に良かった」嬉しそうに目には涙を溜めてそう言った。
私はそれを美しいなと思いながら見た。
私の目にも涙が滲んでいて、自分の心が満たされ、この世界に来る前に感じていた空洞がいつの間にか完全に消えていた事に気付いた。
それからの私は自分でも分かるほどに性格が明るくなった。
人の好意に素直に笑顔で返せるようになり、父の冒険者仲間や母の花屋のお客さん、そして、幼く感じていた近所の子供達と沢山笑い合った。
日が暮れて3人で夕食を食べるいつもの食卓。
今日は父さんが取ってきたサガリの肉の丸焼きと母さんが育てている野菜のスープとクレープみたいなソイだ。
サガリは鳥の一種だ。私は前世で食べたことがないけど鴨のようなもの。こちらの世界では一般的なお肉だ。
野菜スープは前世でいうところのトマトのような野菜パナが入っていてスープの色が赤い。母がこのパナが好きで沢山育てていてよく食卓に並ぶ。野菜スープはその日取れた野菜を沢山入れるから、日によって味が違うけど、このパナを入れると少し酸味が効いてスープにコクが生まれる。今日は黄色のキャベツのような野菜のハノイと緑のブロッコリーのようなナローが入ってる。私はこのナローがお気に入りで母さんに作って欲しいとお願いした。甘みが強い食材で子供に人気の野菜らしい。
私にも子供らしいところがあったみたいだ。
母さんは喜んで沢山育ててくれている。
そして、クレープのようかソイは甘くない。
小麦粉を水で溶いて薄く焼いたものだ。
少し塩が入っている。
母さんのお手伝いで私が作ることも多い。
ただ、6歳の私の手では薄いソイをひっくり返すことは難しくて生地を作るお手伝いしかできないけど。
パンは発酵させないといけないから、一般家庭ではソイの方がよく食べられる。私のようにソイの生地を作るのは大体子供達の仕事になっている。
ソイはお肉を包んだり、野菜を包んだり、ちぎってスープに浮かべたりして食べる。
母も父もパンが好きで私も好きだから、お金に余裕がある時はパンを買いに行く。
加賀美かすみ時代には沢山の食べ物があったけど、あの頃、自分の口に入ってくるものは今よりも質素なものだった。だから、食に対して関心が無かったのだけど、母さんが作る料理は美味しくて、食事に対する楽しみができた。
家族と囲む食卓も美味しさを増す調味料だと最近知った。
私がよく食べるようになり、父さんも母さんも喜んでくれているのが分かる。
私は幸せだ。
食事の度に、布団に潜り母さんの脇にすり寄る度に、父さんと母さんに手を繋いでもらう度に実感する。
私はこの6年と少しの間に、この幸せが永遠に続くと勝手に思い込んでいた。
夕食を食べ終わり、食器の片づけを3人でしている時、外が突然騒がしくなった。
父さんが怪訝な顔をする。
「何か外が騒がしいな」
母さんの顔からも笑顔が消えていた。
母さんが私のことを抱き寄せる。
父さんが入り口においてあった自分の剣を持った。
「フローラル、見てくる。多分魔物だ。ギプソフィラを頼む」
父さんは私を見た。
「フィラは剣の腕がピカイチだ。だから、何も怖くないぞ、もし、魔物が来ても剣を使いながら逃げ切れる。それにな、絶対にここまで魔物を入れない。町のみんなも守らなきゃあな。ギプソフィラの父親は町の冒険者だからな」
笑って私の頭を撫でた。
それから強い目で玄関の扉を睨みつけて外にでていく。
母さんが私を抱き上げ私用の短剣を寝室にとりに動く。
あっという間に隣の部屋の扉の前に移動したのに、床が軋まない。
なんで?
母さんは魔法を発動していた。
私はただならぬ気配に息を大きく吸って吐く。
母さんに手渡された短剣をしっかりと握った。
母さんが私の顔を両手で包み込む。
「魔物の襲撃は、町の入り口で抑え込めれば何とかなるかもしれないけれど、、、この雰囲気はそうはならないわ。町の中まで魔物がやってくる。たぶん時間の問題よ。私は貴女だけではなくて、多くの人を助けるために魔物と闘いに行ってくる。きっと魔物を倒して帰ってくる。この家には絶対に近づけない。いいことギプソフィラ、貴女はこの家から出ない事。この家には私の結解を張ってあるわ。だから、ここに居れば安全よ。それでももし何かあれば、逃げるのよ。この短剣は戦うためのものではないわ。逃げるためのものよ。絶対に無理はしないで。そして、生き延びるの!いい?」
私は何度も何度も首を横に振る。
「ダメ!ここが安全なら母さんもここに一緒にいて。私は一人になるくらいなら一緒に戦いに行く。絶対に1人でここに残らない。お願い、母さん。私も戦う。父さんも私の剣の腕はすごいって言ってた。きっと役にたつ。足で纏いになんてならない。だから、お願い一緒に行かせて」
家の外の様子がより一層あわただしくなる。
私はこの両親のいない生なんて考えもつかない。
前世から今まで、私を愛してくれたのはこのフローラルとゲオだ。
この二人が私の空洞を満たしてくれた。
二人がいなくなったら、私はこの生に何を見出せばいいのか。
私は必死でお願いする。
母さんは悲しい顔をした。
「私もゲオも死んだりしないわ。大丈夫よ。ちゃんとこの家に帰ってくる。だから、お願い。フィラ、此処でいい子にしておいて」
私はかぶりを振る。
今までとてもいい子だった。
でも、今この瞬間いい子に頷くことなんてできない。
私が強い目で見つめた。
母様が笑顔になる。
「ごめんね、フィラ」
私の意識はそこで途切れた。
母さんが私を魔法で眠らせたようだった。
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