プロローグ4 安息の地

死を意識した瞬間の私は何故か幸せだった。

父親の暴力、

母親を助けること、

弟を育てること、

全てから解放された瞬間だった。

私は死ぬことで救われる。


そこは魂が還る場所。

私を含めそこにいるのは肉体を持たない魂の存在たち。

そこでは安堵感が私の周りを包んでいる。

いつしか自分の意識はなくなるのだと思っていた。

それなのに、、、

私は加賀美かすみの意識を持ったままだ。

解放されたいと感じていたし、死の瞬間幸せを感じたはずだった。

そこにはたくさんの魂が居て、それぞれが繋がっている感じがした。

安息の地を手に入れたのだと最初思っていた。


しかし、一向になくならない「加賀美かすみ」の自我が、寂しさを訴え始めた。

周りの魂が浄化され、自我がなくなり、大きな何かと溶け合う中で、私だけが自我をもち、一つに溶け合えず、寂しさと空虚感を感じていた。

繰り返される加賀美かすみの思い出フィルム。

父の暴力的な姿。

母の弱弱しい姿。

弟の幼い姿。

繰り返し、母と弟が父に殴られる場面が浮かんでは消え、そこに私はいないから助けることも出来ず、私という存在がはじめからどこにも存在していなかったように感じる虚しさ。

意識だけの私を包んでいる別の意識。

別の意識は大きな意識で一つに繋がっていて、後から来た意識も溶け合う中、私だけが異質な存在。

寂しい。

いつからか、私の意識の中にはぽっかりと穴が空いていた。

その穴に吹き込んで来る風がとても冷たくて、意識だけの私は震えていた。

寂しい。

私はいつの間にか「お母さんを助けたい」「弟を助けたい」という気持ちよりも寂しさを強く感じるようになった。


相変わらず加賀美かすみの人生が意識の中でリプレイされている。

この場所にきてどれくらいが経ったのか分からない。

ただ、もうお母さんを可哀そうとは思わなくなったし、父を酷い人間だとも思わなくなった。

そういう人たちなんだと。

私には誰かを助けることは出来ない。

意識の中にある風穴かざあなは健在だ。体はないけど、ずっと震えている。

震えが魂を動かしたのだろうか?

意識のずっと下の方に眠っていた思いが徐々に湧き上がってきた。

愛されたい。

始め、よく分からなかった。

私は肉体を持っていた時、「愛」なんて、そんなもの必要ないと思っていた。

「愛」は食べ物を与えてくれない。

「愛」のせいでお母さんは殴られている。

「愛」がなければ父と母のような関係にはならなかったと思うから。

でも、意識の底から湧き上がってくる思いは「愛されたい」だった。


強烈な寂しさと「愛されたい」という願いが私の意識を支配したころ、私ではない誰かの声が聞こえた。意識だけの私に聞こえたという表現は間違っているのかもしれないけれど、私という意識に話掛ける誰かの存在を感じた。

最初は小さな声だった。

「かすみ、寂しいと感じているのか?」

「かすみ、おぬしは愛されたいか?」

「かすみ、もう一度肉体を手に入れたいか?」

その声は、繰り返し私に呼びかけていた。

どこから聞こえるかも分からないその声に反応できないでいたけれど、段々大きくなる声と何度も何度も繰り返される質問に根負けした。


「かすみ、寂しいと感じているのか?」

「寂しいですよ。震えるくらい寂しいです」


「かすみ、おぬしは愛されたいか?」

「愛されたいです。愛されるということがどういうことなのか知りたいです」


「かすみ、もう一度肉体を手に入れたいか?」

「愛される体験がしてみたいです。肉体を手に入れなければ愛される体験が出来ないのであれば、肉体を手に入れたいです」


「本来はここに来れば浄化され、愛も感じることが出来るのだけれど、おぬしはどうも抵抗が強い。もう一度、肉体を手に入れ、人間として愛を感じてくるが良い」

ずっと質問してきていた声が質問以外のことを伝えてきた。

私が浄化に抵抗していたらしい。

私は人生をやり直したいと望んでいたって言うことだろうか?

この声の主の姿は結局見えなかった。


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