(09)早朝の椅子


(09)早朝の椅子 [SF]


 海上通路の空中部に、椅子が置き忘れてあった。

 海上を浮遊する人工島を繋ぐアクリルとマグネシウム合金の半円ドームの通路だが、構造的には必要ない。人工島を連結できる強度はなく、ケーブルが配置されてもない。1mほど海中に沈む下層と、海面から2mばかり上の見晴らしのいい上層、2層構造の透明通路。もちろん層を分ける床も透明なのでスカート着用時にはご注意を。

 この通路、景観は素晴らしいが非常に不便だ。さすがに空調はあるも、人工島を繋ぐ通路であるから非常に長いのに、人間が歩行することしか設定されていない。オートウォークなしで自転車の乗り入れも禁止。散歩の人は通路出入り口付近を少し利用する程度。

 が、不便な割に、意外と利用者が多い時間帯はある。早朝と夕刻にランニングや徒歩出勤などに使われる。自分も運動不足解消で、始業時間1時間前に出勤できるように通路を徒歩で利用していた。時間帯がズレているので人が少なく、ゆったりと海を眺めながら歩いていると、月に1度あるかなしかで、通路上層の中間地点に椅子が置き忘れてある。

 最初は「椅子?」と思った。1人用の、キャンプで使いそうな木製の椅子。見晴らしがイイから椅子に座ってゆっくり、という気持ちはわかるが、持ってきて忘れるか?

 最初はスルーするも、月に1度程度とはいえ度重なり、気になってしまう。自分の遭遇時間が人気ないので、3回目くらいでマジマジ椅子を観察してしまった。一見は変哲ない木製の椅子だが、コレをココまで持ってくるのも大変だろう。苦労して持ってきて、何故忘れるのか。

 ふと思いつき、椅子を画像検索にかける。考えてみれば海上の人工島で木材は貴重品。木製っぽく表面を仕上げ、中身は違う場合もある。

 検索結果は「自走木製ベンチ」という商品で、主に公園や講堂などでプログラム通りに椅子を並べたり戻したりする商品。木製の椅子は薄型バッテリーに透明ソーラーパネルを配し、設定者の後を追尾し、どんな場所に置いても(登録したマップ内であれば)ホームポイントへ自力帰還する、という優れモノ。紹介ページに取扱い動画もあって、探すと背面に小さな木製飾りにみせたボタンがあり、押すと足元から車輪が出て、カタカタ音を立てながら歩行程度の速度で動いて行った。音は、わざと何処からか出しているのか。

 朝の海上通路で椅子が自分で歩いて帰る。

 シュールな絵柄だと、少し楽しい気分になった。


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