(10)深夜の椅子
(10)深夜の椅子 [SF?]
海上通路の空中部に、人影があった。
時間は深夜。珍しい、と自分を棚上奥に押し込めて思う。
人工島を繋ぐ透明な半円ドームの通路は見晴らし重視で利便性皆無だけど、オフィス労働者の通勤時間を利用したランニングや徒歩移動に重宝されていた。自分はその利用者からも外れた時間帯を利用していたが。
それでも今夜は特別。紆余曲折の簡潔は失敗の始末、ただのサービス残業。
上層部で薄ぼんやり白い人影に気付き、でも自分は下層。波が打ち寄せる暗い海の中を歩きたい気分だったので、1人の靴音が響くのを聞いていた。他人と会いたくなく、上下2層に分かれている海上通路に少し感謝する。といっても床は透明なので互いの姿は見えるけど。
歩き進んで、おかしいと思う。白い人影が動いていない。はっきり見えてきて、白いのは服で、体勢が、座っている?
もっと近づき、白の服がスカートっぽいと思う。バレエの薄いレース生地を幾重も重ねたようなロングドレス。それが座る姿勢でもたっぷりと広がっている。不思議と相手の顔とか髪とか、下手をすると性別すら曖昧で、スカートだけは覚えていた。
上層の透明な床でスカートは座っていてくれて助かった、と思いながら足早に過ぎ去ろうとして、目が、合った。人間ではなく、かといって不気味でもなく「なんだこいつ」な感じで、こちらも「あ、お邪魔します」で見返してしまう。
時間にして1秒もなく。白い影が不意に見えなくなった。消えた、じゃなく、居なくなった。
そして海上通路空中部に、木製の椅子が一脚。
かなり長いコト見上げたままで、ようやく「なるほど」と納得する。
朝に通路に置き忘れてある椅子。消えるのが得意なモノが持ち主では、置き忘れることも多いのだろう。
深夜の海上通路で、椅子を持ち出してまで白い影は何を見ていたのか。さえぎる物のない満天の星空か、人工島の光で浸食されてしまった海面か。ひょっとして誰かを待っているのか。誰を、と聞かれると、想像もつかないが。
しかし実質的な問題がある。白い影を驚かせて椅子を忘れさせてしまったのに、自分は下層、椅子は上層。通路のほぼ中間点で、頭上にある椅子を物理的に回収するのが果てしなく面倒くさい。
少し考え、朝出勤を30分早めることにする。睡眠時間はなくなるが、どうせいつも早朝まで椅子を忘れたままにしておくのだから、かまわないだろう。
かまわない、と思っているコトにする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます