(08)魔法の鏡
(08)魔法の鏡 [SF]
僕は鏡だ。
遊園地のアトラクションで、魔法の鏡をやっている。
老婆の魔女に呪われた地下迷宮、魔女の隠し部屋の隅に僕がいる。
通常コースではないが、情報通のお客様は僕を探し、高らかに呪文を唱える。
「アブデッピィ、お姫様になぁーれ!」
僕は鏡だ。
鏡のフリをしている、ディスプレイだ。
言語を聞き取り、意味を解析し、許容誤差内の条件からランダムに映像を選び、お客様の体型に合わせて補正、投影する。
もちろん僕はこんな難しい作業をしない。本体から送られたデータを間違いなく投影するのが僕の仕事。
その難解な作業を終えると、お客様はとても喜んで、笑ってくれる。
僕は笑顔を映す鏡だった。
「アブデッピィ、美しい女王になれ!」
その日も、お客様が僕の前で呪文を唱えた。
本体は隠しマイクから音声をひろい、要望に沿った映像をシミュレートした。
中世の長袖ドレスをお客様は気に入られたよう。口元を歪め、微笑みの表情へ変わる。鏡の中の映像もそれに追尾する。
と、お客様が右手を上げる。袖のレースが翻り、次に、手はすごい勢いで落ちた。
僕は鏡だ。
叩けば壊れる。
でも遊園地の備品は壊れぬよう、僕の表面は強化合成樹脂でコーティングされている。小さなお客様なら叩いても大丈夫。
しかし瞬間加重50kg以上は許容外で、樹脂にヒビが入り、下に貼られた膜状ディスプレイの極細配線が5214本接触不良となった。
画面は約100平方センチメートルの範囲、お客様の顔右半分が歪んで表示されることになる。
本体はダメージを感知し、管理センターへ故障の報告を行う。
しかし、お客様はまだ笑っていた。
「そう、本当の私は醜い」
音声は感知するが、キーワードの呪文がないので、僕には意味が分からない。
「アブデッピィ、醜い魔女になれ!」
この呪文は即座に実行された。この地下迷宮の悪役である老婆の魔女を表示するだけ。後はお客様の動きに合わせてアニメを操作する、簡単な作業だ。
しかし、魔女の姿にお客様は笑わなかった。
「これは私じゃない。もっと醜い!」
また叩かれる。二度、三度まで合成樹脂は耐え、四度目に壊れた。樹脂はガラスに近く作られており、ガラスのように割れた。条件悪くディスプレイの配線もショートし、通電したお客様の手が焼ける。
僕の前で転げまわるお客様を、歪んだ画面なりに、正確に表示した。
僕は鏡だ。
データを投影するのが僕の仕事だ。
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