第22話 姫君、宣告される

 座敷に運ばれた泰久様は、既に治療を受けている最中だった。


 戦国時代にも医師はおり、止血や矢じりの摘出など、外科のような処置も行うことができる。しかし、当然、現代のような手術ではないし、輸血もなく、麻酔や薬も発達していない。


 泰久様の肩に刺さったままだった槍は引き抜かれ、傷口の止血が行われていた。

 一通りの処置が済んだ後も、泰久様の顔色は紙のように白く、呼吸は傍によらなければ確認できないほど弱弱しい。

 治療をした医師が、義父上に報告を行う。


「若殿の肩の傷は、縫合いたしましたが、骨や筋を砕いており、今後かなり病むかと思われます。また、全身に打ち身や骨折が多数あり、予断を許しません」

「して、与三郎は助かるのか?」

「……若殿の気力次第かと」


 私はただ泰久様の顔を見つめた。いつのまにか外は朝を迎えていたが、とてつもなく長く感じる一夜だった。


 その後は、ひたすら泰久様の枕元に居座った。

 泰久様の意識は全く戻らない。時折苦しそうに顔をゆがめ、うめき声を出すたびに胸が締め付けられるような思いがし、呼吸が静かになると、息をしているのか不安になる。

 次第に熱が上がってきた泰久様の顔の汗を拭い、水を吸わせた布で口を湿らせる。


(もう私ができることなら何でもする。泰久様が助かるなら、磔になったって構わない。逝かないで)


 時折、義母上やみつが休むように声をかけてきた気がするが、あまり覚えていない。

 外が明るくなったり、暗くなったりを繰り返し、何日経ったか分からなくなったころ。


 泰久様の瞼が微かに動いた気がした。


「……泰久様⁉」


 叫ぶような私の声を聞いて、義母上が飛び込んでくる。


「いかがしたか⁉」


 泰久様がうっすらと目を開ける。焦点の合わない瞳が揺れた後、私を見た気がした。


「鶴……?」

「はい!ここにおります‼」


 大きな声で返事を返す。泰久様はそのままの目でしばらく私を見た後、またスッと目を閉じた。


「早う医師を!」


 義母上が呼んでいる声が聞こえた。



「お熱も下がってきておりますし、お脈も大分戻っております。おそらく山は越えられたかと」


 医師の言葉にホッとする。あの戦以来、初めて呼吸ができた気がした。

 気が抜けるのと同時に、そのまま意識が遠のいていくのが分かった。



 ◇◇◇◇



 気が付くと、自室の布団の上で寝かされていた。


(泰久様の所に行かなくちゃ……)


 体はまだ重く怠いが、起き上がり、着物を着換える。だが、いつも傍にいるはずの、みつや多恵が見当たらないことに気付いた。

 訝しく思いながら部屋を出ると、見覚えのある義母上の侍女が待ち構えていた。


「大殿と、お方様がお呼びでございます」


 感情を挟まない淡々としたトーンの伝言に、とても嫌な予感がした。



 ◇◇◇◇



「遅くなりまして申し訳ございません。鶴、参りました」


 義父母の前で挨拶をする。二人の顔から、自分の予感が外れていないことを悟る。

 いつも快活な義父上は暗い顔をしており、気丈な義母上は俯き沈痛な顔をしているのだから。

 義父上が口を開いた。


「……単刀直入に申し上げる。鶴殿、我ら御影家は北上家と手を切り、尾谷家と新たに盟を結ぶことと相成った」


 ……遂にこの時が来てしまった。覚悟していたとはいえ、頭が理解を拒否するように痛む。

 それでも私の『戦国の姫』としての部分が、冷静に返答をする。


「……承知いたしました。では私は、いかがすればよろしいでしょうか」

「与三郎と離縁してもらう。その上で、北上家に責任を持ってお戻し致す」


 命は取られない。史実は変わった。でも、身を引き裂かれるようにつらい。

 どうにもならないと分かっていながら、子供のような駄々が口から零れ出てしまった。


「私は北上とは縁を切ります。それでも置いていただくことはできないでしょうか?」

「それはできぬ」


 即答した義父上が天を仰ぐ。


「我々は鶴殿が御影のために動いてくれること、北上と通じていないことは存じておる。だが、他の者はそう思わない。北上の姫を嫁にしたままでは、尾谷は我らを信用せぬ」


 済まぬ、と義父上が呟いた。義母上の目から、涙が落ちている。


 ――ああ、この人たちは、私のことを本当に大切に思ってくれていたんだ。


 涙を必死にこらえる。私の我儘で、大好きな泰久様を、御影家を、窮地に追いやる訳にはいかない。


「かしこまりました。これまでのご恩情に感謝いたします」


 深々と頭を下げる。そのまま、頭を上げることができず、畳に泣き崩れてしまった。

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