第3話 姫君、思案する
「姫様、鶴姫様、お気づきですか⁉」
自分を呼ぶ声にゆっくりと瞼を開ける。目の前には間もなく中年に差し掛かる年頃の、ふっくらとした女の顔があった。
「おみつ……?」
「そうですよ、みつでございますよ。ああ、よかった。お気づきになられて」
乳母のみつが目頭を抑えている。
「姫様は三日間もお目覚めにならなくて、みつは生きた心地がいたしませんでした」
「え、三日も⁉」
「ええ、いま薬師を呼んでまいりますからね」
みつは侍女に指示を出すと、あわただしく座敷を出ていった。
私はぼんやりと天井を見つめながら考える。
(夢?いや、どっちも現実……?)
高校生だった記憶は、断片的ではあるがはっきり思い出せるようになった。一方で鶴姫として育ってきた記憶もしっかり残っており、二つの記憶が融合している感じがする。
信じられないことだが、どうやら高校生だった私は戦国時代のお姫様に転生したらしい。
今の私は、北上家の鶴姫様。父親は北上義泰、現在の官位は確か左京大夫。そして嫁ごうとしている先は、御影泰久。
つまり、前世の記憶から考えるに、今の私……鶴姫はあの「怨霊姫」の可能性が高い。というか、ほぼ間違いない。
(えっ、じゃあこのままいくと、結婚しても旦那は死ぬわ、実家に見捨てられて磔になるわってこと?あと一年くらいで⁉ちょっと酷すぎない⁉前世も現世も享年十六歳ってか?笑えないわ!)
(しかも磔って……あれ死ぬまで相当苦しませるらしいじゃん。なんで中世ってこんなに野蛮なの?考えるだけで吐きそう。殺すなら一瞬にしてよ!……っていや死にたくないし‼)
頭の中はパニック状態の私をしり目に、やってきた薬師は脈やら何やら確認すると、「特に問題はないから、もう大丈夫であろう」といったことを言い残し去っていった。
「本当にようございました」
みつが心底安堵したように笑いかけてくる。
側室であった生母は私が物心つく前に亡くなっており、みつは本当に母のような存在だった。脳内パニックを横に置いておいて、みつを安心させるべく、明るめの声で返答をした。
「ごめんね、おみつ」
「姫様のせいではないですよ。今回の縁談はあまりに酷すぎます。お倒れになるのも無理はありません」
みつは心底憤っているようであった。恰幅の良いみつがコロコロと表情を変える様子は何だか可愛らしく、思わず笑みがこぼれた。
「とにかく本日はゆっくりとお休みください。近日中には御影の連中が城に来るとのことですが、表の者たちが勝手に進めるでしょう」
何かあったら及びくださいませ、と言ってみつは下がっていった。
(最後なんか不穏なこと言ってなかった?……やっぱり縁談はどんどん決まっちゃってるってことね)
この時代の結婚は家と家の話であり、当人同士は当日まで顔すら知らないのは当たり前のこと。当主である父が決めた以上、私が寝ていようが遊んでいようが結婚は避けられない。
時が来れば、あっという間に御影家に配達されるだろう。
しかし、結婚すれば、あっという間に磔からの怨霊エンド一直線になってしまう。
歴史に名を遺す有名人になれたら……などと小さい頃に夢想することもあったが、四百年先まで言い伝えられる怨霊なんて、そこまでのスケールは望んでいない。
とはいえ、非力な女が一人、どう頑張っても家同士の関係や戦況を、一年以内に変えることなんてまず不可能だ。
前世の記憶が多少あるとはいえ、ごく普通の高校生であり、チート能力もなければ戦国時代に役立ちそうな知識も持ち合わせていない。
(こうなったら、結婚自体を回避するしかない)
とりたてて優秀という訳でもない頭で策を練る。今私には、ちょうど三日間意識不明だったという実績がある。このまま寝込み続け、健康に問題があると突き通せば、嫁がせることは難しくなるのではないか。
もちろん、結婚できない娘などこの時代では不要な人間。追い出される可能性はあるが、仮にも北上家の娘だ。どこかの寺に入れられ、出家することになっても、命までは奪われないだろう。
父には他にも側室の娘が何人もいるし、異母姉妹の誰かが嫁いでくれるはず。
(ん?ということはその代わりの子が『怨霊姫』ってこと?)
『怨霊姫』について分かっていることは、北上義泰の娘で、御影泰久の妻であること。
条件に当てはまる姫は私だけではない。怨霊姫の名前が分からない以上、誰かが怨霊姫になる未来は回避できないのかもしれない。
そうなると、怨霊姫の死後、祟りで北上家が滅亡する。この時代、滅んだ家の女は生き残れるのだろうか。
女子供問わず、一族郎党処刑されるなんてよくあることだし、磔エンドが斬首or自害エンドになるだけ?
いやいや出家してれば見逃してもらえるのでは……。
病床の中で、長時間頭をフル回転させたが、答えが出る訳もなく、導き出した結論。
ひとまず目の前の死亡フラグを回避して、その後のことはその時になったら考えよう。ほとんど面識のない異母姉妹より、自分の身の方が可愛い。
(ごめん、代わりになる誰か。とりあえず私は全力で逃げさせていただきます)
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