第2話 女子高生、しくじる

 私は前世、地方の平凡な女子高生だった。

 容姿は可もなく不可もなく、県内で中の上位の高校に通い、成績はごくごく普通。特にやりたいこともなかったが、部活加入が強制の学校だったため、あまり時間をとられなさそう……という極めて消極的な理由で、郷土史研究部に入部していた。


 郷土史研究部は姿を見たことのない顧問と、三年生の部長と私、これまた姿を見たことのない幽霊部員が二名という廃部寸前の部活だった。

 当初はそれほどやる気もなかったが、自分で言うのもなんだが、妙にまじめな性格が災いし、誰も聞こうとしない歴史オタクな部長の話に付き合い続けた結果、一学期が終わるころには、立派なレキジョが完成した。


 夏休みは図書館に入りびたり、部長と一緒に地元の寺の住職に話を聞いて周り、代々続く地主さんにお願いして古文書を読み漁る日々を送っていた。

 ……それだけ聞くと何だか暗く悲しい高校生活に聞こえるが、一応、クラスでも友人はいたし、普通の女子高生のお出かけにも行っていたので誤解しないでいただきたい。


 さて、部長があの本を手渡してきたのは、一年生の三学期も終わるころだった。

 部長は公式には夏休みで引退となっていたが、持ち前の要領の良さで有名私立大学の推薦合格を勝ち取っており、大学受験を早々に終えていた。


 そんな彼から、あらたまって差し出された包みに、私はひそかに感動した。

 ――歴史以外に興味のない社会不適合者だと思っていたけど、さすがに迷惑をかけた後輩にプレゼントの一つでも渡そうと思い立つとはいいとこあるじゃん。少しは人間として成長したようで私は感動したよ。卒業おめでとう。


 どこ目線かよく分からない評価を心の中で与えながら、遠慮なく包みを開いた。

 ……プレゼントにしては汚いな……。


「何ですか、これ?」


 出てきたのは束ねられた紙。ページ数は少なく、本というよりは冊子という方が近い。かなり古いようで、紙は茶色に変色し、ぼろぼろの紐で括られており、手作り感があふれていた。


「郷土史研究部に代々伝わる資料を君に渡すのを忘れていてね。伝授しよう。タイトルは『当地に伝わる怨霊姫伝説について』」


 受け取ろうと差し出していた手を高速で引っ込めた。


「やめてくださいよ!私はホラーが滅茶苦茶苦手なんです‼」

「いやいや、れっきとした郷土史の資料だよ」

「怨霊ってはっきり言ってるじゃないですか!」


 部長は私の抗議をサラッと受け流し、説明を始めた。


「この地域を治めていた武将は知っているよね?」

「……御影家ですよね。江戸時代まで続き、最終的にはここら辺の藩主として幕末まで存続したとか」

「そのとーり!戦国時代、その御影家に嫁ぎ、若くして殺されてしまった悲劇の姫君が、この『怨霊姫』さ」

「悲劇の姫君……」


 思わず部長の手元に目を落とす。戦国時代は悲劇といわれる女性は数え切れない。有名どころでは織田信長の妹お市の方や、その娘淀殿なども非業の死を遂げていると言って良いだろう。

 私がよくそういった女性たちの伝記本を読んでいたのを部長は見ていたらしい。

 的確なセールストークで私の心が揺らいだことに気付いた部長は、ここぞとばかりに畳みかけた。


「何代か前の部長がこの姫君の話を聞いて研究した内容をまとめたものがこの冊子。戦国の荒波にのまれ、怨霊と呼ばれるまでに追い詰められた地元の姫君の人生は、なかなか好奇心がくすぐられると思うよ」


 そして私の返事も待たず、冊子を私のカバンの上に置いた。


「まあ、詳しいことは読んでみてよ。君は絶対興味あるって」



 ◇◇◇◇



 タイトルの「怨霊姫」は、御影家の主家であった北上家の姫君だったらしい。当時の御影家当主・御影久勝の息子、泰久に嫁ぐも、泰久はわずか一年余りで北上家の負け戦に巻き込まれ、討ち死に。挙げ句に、北上家が御影家の領地に進軍したことから、北上家の姫君ははりつけにされてしまう。

 姫君の遺体は、ろくに供養もされずに葬られたらしい。


 その後、姫を見捨てた形となった実家の北上家では、当主や妻子、主だった家臣などが相次いで戦死や病死し、姫君の死後わずか数年で滅亡に至ったことから、姫君の祟りではと噂された。


 時代が移っても、姫君の遺体が葬られた場所の周辺で奇妙な現象が続いたことから、当時の人々はいつしか姫君を怨霊姫と呼び、祟りを恐れるようになる。その地を治めるようになった御影家は、あらためて丁重に姫君を葬り、高名な僧を呼び、姫君の霊を慰めた――


 冊子の内容はざっとこんな感じであった。戦国時代では女性が婚家と生家に挟まれ、命を落とすことは数多くある話だし、姫君の祟りの内容も聞いたことがあるような話だ。

 まあ、全国各地に同じような伝説はいくつでもあるだろう。と思いつつも、もっと姫君のことを知りたいと感じた。

 なぜ姫君は自分を殺した嫁ぎ先の御影家ではなく、実家を怨んだのか。姫君はどんな人となりで、何を思って短い生涯を終えたのだろう。そもそも姫君は何という名前なのか……。


 ちょうど春休みということもあり、まずは地元の図書館で郷土史の本を読み漁った。

 当時の御影家や北上家については比較的記述があるものの、姫君について触れているものはほとんどなく、あの冊子以上の情報は得られなかった。


 そもそも、戦国時代の女性の地位はとても低い。大河ドラマになるような戦国武将の母や妻なら名前が残っている場合もあるが、多くは家系図すら載らない。姫君と思われる記述には、北上左京大夫女きたがみさきょうだいぶむすめと記されているのみだった。


 ならばと、姫君の墓があるという隣町のお寺、陽玲寺に行くも、伝わっている姫君の墓は朽ちて表面の文字を読み取ることすらできない。

 住 職を拝み倒して寺に伝わる古文書を見せてもらうも、新しい事実は見当たらなかった。どうやらあの冊子を作った人も、私が行く場所くらいとっくに調べているらしい。


「もー、どうすれば良いの⁉」


 ……今となってはなぜあそこまで気になったのか、そもそも何を知りたかったのかは自分でもよくわからない。何かに導かれていたような気もする。


 その日は、珍しい蔵書が揃っていると大学生の従兄から聞き、地元の大学図書館に向かった。

 一般入館の許可を得、広大な図書館内をさまようこと二時間、三階書庫の書棚の一番上の棚に「御影家遺文集」と書かれた分厚い本を見つけた。


「あれだ‼」


 しかし図書館の書棚は天井までの高さがあり、とても手を伸ばして届くものではない。

 マイナーな本が集められているこの階には他に人気はなく、司書を呼ぶにも一階のカウンターまで行かなければならない。面倒だなぁとあたりを見渡すと、ちょうど置いてある脚立が目に入った。


「くそう、誰か男子がいれば取ってもらうのに……」


 ぶつくさ言いつつ、脚立を立てかけ、よじ登った。


 さて、前世の私は非常に運動神経が悪かった。そのくせ活動的という厄介な性質で、小学生の頃は生傷が絶えず、高校生になって、ようやく落ち着きをもった女性に成長した……はずが、依然バランス能力皆無で、あまりによく転ぶことから、自転車通学を禁止されたばかりであった。


 一番上の棚から目当ての本を引き抜いたところ、思いのほか重たい本に大いにバランスを崩し、脚立の細い足場から滑り落ちた。

 後ろから真っ逆さまに落ち、周りの景色がスローモーションで流れる中、「これももしかして祟りか?」などと、なぜか呑気に考えた瞬間、衝撃とともに私の視界はブラックアウトした。


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