転生先は怨霊姫⁉悲劇の姫君(予定)は、若殿様と戦国時代を駆け抜ける
駿木優
第1話 姫君、思い出す
「鶴よ、そなたの婚儀が決まった。
この乱世に生を受け十四年。話した回数は両手で数えられる程度の父に呼び出されると、開口一番、淡々と告げられたのは、私の縁談であった。
政略結婚は武士の娘の常である。この地方一帯を手中に収める北上家当主、北上義泰の娘として生まれた以上、そろそろ縁談が命じられるであろうことは、分かっていたし、家のために嫁ぐ覚悟も十分にできていたつもりだった。
だが、あまりにも予想外な名前に思わず硬直した。
「御影……」
義母の不機嫌な声が漏れる。
私の嫁ぎ先として告げられた御影家は、北上家に従属する周辺豪族の一つ。元々はその地域で幅を利かせていた山賊のような連中が、周りのならず者達をまとめ上げるうちに、武士を名乗るようになった、『成り上がり』の家だと言われている。
氏も素性も知れぬ野蛮な連中だとか、異母兄や家臣達が苦々しげに語っていたのを何度か聞いたことがあり、まったく良い印象はない。
私が口を開くより前に、不満をあらわにした義母が父に問いかけた。
「殿、恐れながら、いくら側室の子とはいえ、北上家当主の娘を嫁がせるにはあまりにも家柄が劣るのではござりませぬか?しかも三男坊だなんて」
公家出身であり、有力大名北上家の正室たる義母はたいそう誇り高い。
この不満も別に私を不憫に思って……という訳ではなく、名目上だけでも自分の養子となっている娘を、圧倒的に格下の家に嫁がせることが、自分まで貶められたようで気に入らないのだろう。
そんな義母の問いも予想していたのか、或いは、表で散々同じ話が出ていたのか、父は特に気を悪くした様子もなく答えた。
「御影は確かに由緒もなく、領地も広くはないが、何より武勇に優れている。御影の兵の勇猛果敢さは得難い」
なにせ御影の兵一人で我が兵五人分くらいの力はあるからな。と珍しく冗談めかした言い方をし、父は豪快に笑った。
しかし、すぐに真面目な顔を私に向けた。
「先月、高竜川で
「勿論でございます。仇敵尾谷を見事追い払ったと」
父は重々しくうなずいた。
「うむ。我が方の勝ち戦であった。だが、参陣した御影の嫡男が討ち死にしおった」
それは全く知らなかった。義母も知らなかったらしく、驚いた顔で父を凝視している。
「戦場で死ぬは武家の習いであるが、どうやら御影の者たちの中には当家を逆恨みし、尾谷に寝返ろうとぬかす者たちもいるらしい」
次第に冷静になってきた頭で考える。なるほど、当主の娘を嫁がせることで、当家が御影家に目をかけていることを示し、離反を防ごうということか。
ほとんど人質のようなものであるし、当然、当家と御影家の亀裂が決定的になったとき、私の命はない。
「御影家は我らにとって重要な家だ。何としても我が方に止め置かねばならぬ」
今、北上義泰は父ではなく、この地方を治める大名として私を見据えている。
家督を継いでからわずか十数年で北上家の領土を倍にした、紛れもなく傑物の顔である。その傑物が、娘という駒を使うほど重視しているのが、御影家ということだ。元より私に拒否権はない。畳に手をつき、父に深々と頭を下げた。
「謹んでお受けいたします。北上の娘として恥じぬよう、勤めを果たしてまいりまする」
父は満足げにうなずき、豪快に笑った。義母は依然ムスッとした顔を隠していないが、座敷の空気がいくばくか和らいだ。
「与三郎はそなたより三つ上の十七だ。御影は次男も何年か前に死んでおるゆえ、三男ではあるが与三郎が跡継ぎとなるであろう。一度会うたことがあるが、中々に見どころのある若造だぞ。槍の名手と言われておるし、何より見目が良い」
ここで初めて夫となる人物の情報を聞いたことに気づいた。父は機嫌よく続けた。
「当家が目をかけていることを示すため、そなたの婚儀と同時に、我が字を一字与えることとした」
「名を?」
父が名を与えることなど、一門や譜代の家臣を除けばほとんどない。娘婿となる相手に、相当な厚遇を与えようとしていることは伝わってきた。
「おそらく、
「御影……泰久さま……?」
何かが引っかかる。この名前はどこかで聞いたことがある。最近ではない……ずっとずっと前。
その後もいくつか言葉を交わしたが、上の空だった。父母の御前を辞し、自室に戻った後も、何かが思い出せそうで、ひたすら記憶をたどる。
心配する侍女達に生返事をし、読みかけの物語を手に取った時、突然鮮やかに風景が蘇ってきた。
灰色のそっけないコンクリートの大きな建物。ガラスの窓。並べられた机と椅子。すべて、今の屋敷には存在しない、全く違う時代の物。
「高校……?」
そうだ、郷土史の資料で、お寺の古文書で、図書館の蔵書で、何度もその名を探していた。
高校? そうだ、私は高校に通っていた。
まったく違う風景、人物、見知らぬ記憶が流れ込んでくる。
――そして御影泰久といえば。
頭が割れるように痛んだ。侍女が何やら呼んでいるが、ザーザー音でうまく聞き取れない。目の前が真っ暗になり、私はそのまま意識を失った。
(……「怨霊姫」の旦那だ……)
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