第3話

 規制線が張られた中で、検視官の新田がひと通りの検視を終えて顔を上げると、見知った男の顔があった。

 「よう、ラガー君、来てたのか。」

 「毎回同じ返しですが、ラガーマンではありません。」

 人の良さそうな笑顔を見せて、本城 護(ほんじょう まもる)が返す。

 「もったいないなぁ、そんないい体格で刑事(デカ)なんて。ラガーマンに転職しろよ。」

 「いえ、自分は刑事の仕事に誇りを持っているんで、転職はしないです。これからも新田さんの下で働かさせてください。」

 「そう言う訳なんで、頭ん中も筋肉みたいなやつだけど、よろしく頼むよ。」

 声のする方を振り返ると、先輩刑事の木戸が立っていた。

 「木戸さん!いつからいたんですか?」

 「今きたところだ。それで新田さん、殺しかな?」

 「自分の背中に自分で刃物を刺し、その刃物を引き抜いてどこかに隠し、ベンチまで歩いて来ることが出来るなら、自殺とも言えるけどな。」

 「即死かい?」

 「いや。刺された後、ベンチまで歩いて来たようだ。靴の中に血痕があった。座った状態で刺されたなら、靴の中に血は入らないからな。」

 「携帯は持っていなかったんですか?」

 「お、ラガー君、何でそう思った?」

 「刺されたら、まずは110番するかなと思って。」

「いいねぇ。ガイシャは何も持ってなかったよ。携帯もカバンも。」

 「物盗りですかね。」

 木戸の顔を見る。

 「先入観を持つなよ。」

 「はい!すみません!」

 「身分がわかるものは?」

 「今のところはないね。ガイシャを見るかい?」

 「ああ、頼む。」

 新田が死体にかけたシートをめくりあげると、スーツ姿の若い男の死体が横たわっていた。

 「きちんとした服装ですね。」

 「そうだな。堅い仕事をしていたのかもしれない。」

 ガイシャの顔をじっと見る木戸。

 「何か気になるかい?」

 含みのある声で、新田が木戸に話しかけた。

 「いや、ちょっとな。」

 「ラガー君は、何か気になるところあるかな?」

 「いえ、自分は。でも何か、違和感があるような感じがします。どことは言えないんですが。」

 新田は満足そうに笑った。

 「そうそう、その違和感を大切にしなさい。」

 「はい!ありがとうございます!」

 「じゃあ、詳しいことは捜査会議で。」

 「ああ。」


 新田と別れると、木戸は公園の中を見て周りはじめた。本城もついて歩く。

 「カメラ、あまりついてないなぁ。」

 本城も上を見上げる。

 「そうですね。」

 「昨夜の雨で証拠も流れただろうし、カメラもないんじゃ、ホシをあげるのは大変だぞ。」

 「はい。」

 「なぁ、本城。ガイシャの顔を見て、何か気が付いたか?」

 「いえ、自分は特には。ただ、端正な顔立ちだなと思いました。イケメンって言う部類じゃないですかね。」

 「背中を突然刺されて、あんな綺麗な顔で死ねるもんなのかな」

 ハッとする本城。

 「確かに!新田さんも、それが違和感だったのか!」

 「俺は殺されたことがないけど、もし同じ立場だったら、あんな顔で死ねるか?」

 「ああ、木戸さんならクソ無念!って表情で死んでそうです!」

 「アホ!嬉しそうに言うヤツがいるか!」

 「すみません!」

 「ま、死後硬直であの表情になったのかもしれないし、検視の報告を待ってから考えればいいことだが。」

 「はい。」

 本城は、ガイシャの端正な顔を思い浮かべた。自分も誰かに殺されたら、少なくともあんなに綺麗な顔ではいられないのではないだろうか。木戸ほどでなくても、最後の最後まで、自分の悔しさを滲ませるような顔をするのではないかと思っていた。

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