22

 イルンラクト管理局支部の新設協力依頼に応募してきたのは、五名の登録狩猟者だった。若い夫婦が一組、年の離れた兄弟二人、それから六十手前と思しき男性。最年長である彼の左腕は肘までしかなかった。

 募集を行っていたのはエリカが元いた街のみであったため、全員がそこの出身の人間だ。そしてどうやら管理局側が手配した同じ馬車に乗り合わせて、何日も揺られてやってきたようである。

 まだ正式な連絡は来ていないが、追加要員はないわよねとエリカは思った。そう何度も馬車を手配しないだろうし、かと言ってイルンラクトまで、確固たる目的と意志なしに自腹で長旅をしてくる人間もいなさそうだ。イルンラクト大森林が狩猟指定区域として名を馳せればあるいは、しかし正式開局にはまだほど遠いし、それより前にというのは難しい。


 エリカが五人とミレイユたちを引き合わせたのは、書面だけではなく直接、口頭での引継ぎをしたほうがいいと判断したからだった。ミレイユたちの到着後、すぐにその五人が運営室に到着した。彼らは先に町役場側に寄って、しないといけない手続きがあったようだ。

 小さな応接室では全員が入りきらなかったので、カウンターの外側で話し合う。話の主導権をエリカに一任したガストンは、近くで見守ることに徹することにした。

 

 まずはそれぞれで簡単な自己紹介があった。

 

 兄弟のうちの兄、三十過ぎで髭面の彼が「そんなのいちいちしなくてもよくないか」と不満げに口にしたが、二十歳前後の細身の弟から「まぁまぁ、そう言わずに」と窘められていた。彼ら兄弟はまだ駆け出しの狩猟者で実戦経験に乏しい。一攫千金を夢見てイルンラクトにやってきたのが兄の話しぶりからわかった。定住するかは未定なのだそうだ。

 

 若い夫婦は駆け落ち同然で移住してきたのだと言う。夫のほうは採掘や魔石の加工技術で生計を立てていた狩猟者で、妻のほうは元々は薬師志望であり主に植物類の採集依頼をこなしていたらしい。

 

 隻腕の男性は口数が少なかった。最低限の挨拶しかしなかった。顔つきからすると、理性も知性も充分にあると見ていいが、愛想はない。


 案の定と言うべきか、ミレイユたち二人の少女が魔物狩りをして森の探索を進めていることは驚かれ、訝しまれもした。

 エリカと事前に打ち合わせでもしていたのか、イネスが「私も同行している」と堂々と言ってのけると「まぁ、あんたなら見るからに……」とイネスのなりを見て髭面兄貴が得心して、他の皆も黙った。

 エリカに情報端末の操作を教わりつつ、ミレイユがこれまでに遭遇し、対処した魔物と留意すべき野生動物や植物に関して、手短にレクチャーする。

 詳細に記録を行っている植物類の情報だけならエリカでも新たに来た狩猟者たちに共有できるのだが、魔物については記録が曖昧な点が多かったこともあり、やはりミレイユたちが直接離さなければならなかったのである。

 

 兄弟と隻腕男性の三名については魔物の基本的な解体術を習得しているようだった。エリカは若い夫婦には、しばらくは魔物以外の動植物や鉱石類の情報登録を手伝ってもらうことを要請した。

 そうして報酬の話に移ると、これには隻腕男性以外の四人が納得していない様子であった。「話が違うじゃねぇか」と青筋を立てる髭面兄貴を痩身弟が慌てて止める。 

 ミレイユが機転を利かせてイルンラクトにおける食料を含むおおよその物の相場を話すことで事無きを得た。無償で何か調合品を差し入れしそうになったのは夕闇が止めたが。宿については町役場側が用意した部屋にまだ余裕があったので、当分はそこに家賃なしで住めると聞くと、若い夫婦も安堵していた。


「今後の私たちの探索方針に変更は?」


 五人を別の職員が宿舎を案内するためにぞろぞろと連れていき、運営室を出ていった。それから夕闇ダスクがエリカに質問したのだった。


「大きな変更点はありません。少なくとも書面上は、彼らが夕闇さんたちよりも遥かに探索術に長けているとは考えにくいのです。特にあの兄弟について言えば、ほとんど新米。採集業務もこちらが求める水準で行ってくれるか不安がありますね」

「そうね。頼りがいがあるって雰囲気じゃなかったわ」


 肩を竦めた夕闇が前髪をいじり始める。


「ねぇ、新婚の旦那のほうは、魔石の加工ができるって言っていたわよね。鍛冶屋のところにでも回すのはありなんじゃない? 私たちが手に入れた……えっと、あんたのことが大好きな解体者が魔物から取り出した魔石って今はまだ専ら保管状態なんでしょ?」


 夕闇の物言いにイネスは、エリカをじっと見つめる。いや、その前からそうだったのが視線の圧を強めた。エリカさんに褒めてほしいのかな、とミレイユは思ったがここで口を挟むと夕闇が怒るのは想像できたので口をつぐんでいた。


「妙案ですね。私としては、ミレイユさんの調合素材が最優先と思っていましたが、別に確保しているのか、それとも元から持っていたのか、魔導物質にはさほどお困りではないようですね」


 エリカが夕闇の腰あたりに視線を落とす。そこには閉じられた魔導扇が差してある。ただ、季節柄、上着を羽織っているので視認はできないはずだが。


「ええ、探索中に私たちの取り分はきっちりいただいているわ。安全な探索に必要な装備材料としてね。それに……」

「それに?」


 エリカが眼鏡を指でクイッとする。


「これ以上、ミレイユに調合に精を出してもらうってのも困りものだわ」

「ええっ!? そうなんですか、夕闇ちゃん」

「と、とにかく間に合っているから。ここに保管している魔石は適切な用途をさっさと決めて使っていくべきよ。あんたなら、調合素材以外にも算段あるんでしょ?」

「ふふっ、そうですね。実は室長とも話し合ったばかりです」


 エリカの言葉に、わざとらしい咳払いで反応を示すガストン。


「あー……そう、だな。夕闇くんが言ったとおり、町の鍛冶屋との提携は考えている。駆け出し狩猟者のための武器・防具作りなどに魔石が活用できればと思ってね。ただ、れっきとした退魔装備の開発となると、魔導機構の構築面で専門家がいないと不可能だろう。専門書があれば、それで独学してもらう手もありそうだが」

「専門書、ね」


 ガストンの話に夕闇は、前髪をいじるのをやめて、隣にいるミレイユを見る。すると、ミレイユは愛らしく小首をかしげる


「どうかしました?」

「あんたが調合している間、ひ……時間の余裕があったから、書棚を改めて確認したの。そうしたら、魔導機構について書かれ本をまた何冊か見つけたわ。それを貸し出しても構わないかしら。えっと、あんたのお父さんの本なわけだけれど」

「はい、いいですよ。でもね、夕闇ちゃん。ある程度の魔導機構だったら、たぶん錬金杖があれば……」

「それはなし。特別ではない複数人の人間が仕組みを理解し、実践でき、成果をあげられる体制を整える。それが真の意味での町の発展に繋がる。でしょ?」

「なるほど。書物が与えてくれる知識はまさにそんなふうに活用しないとですね」


 そうしてガストンを責任者として、蔵書を何冊か預ける話がまとまった。


「ところで彼については、魔物退治もできるのか」


 話が一段落すると、イネスがエリカに問う。


「あの無愛想なおじさまのこと?」

「そうだ」

「提出書類と照会した記録によれば、それなりの実力者だったみたいね」

「だった、というのはつまりあの左腕か」

「おそらくは。珍しいじゃないの、イネス。あなたが私以外に興味を、」

「持っていない。エリカ一筋だ。わかっているくせに」

 

 エリカの言葉を遮るイネス。

 ミレイユたち三人の間で微妙な空気が漂う。ガストンはもはや聞こえない素振りをしている。エリカは慣れっこなのか、表情を崩さない。


「あのおじさまは、記録では過去に大陸北方にも長期遠征をしていた経験があるみたい。主としてソロで活動していたようね。それより細かな記録は送られてきていない。帯剣していたけれど、私の見立てではとりたてて高級なものではなかったわ。小さな町の鍛冶屋でも何本も転がっていそうなやつ。ここ以外ではね」

「エリカは個人的にどう思った?」

「どういうことよ。実力しだいでは、ミレイユさんたちとパーティを組んでもらうのもありかなとは思っているけれど……」

「ちがう。好ましく感じたかどうか。彼はどことなく、訓練学校にいた製図科の講師に似ている。エリカが気に入っていた男だ」

「黙りなさいな。今日は夕食抜きよ」


 にっこりとエリカはイネスに通告した。イネスはその指示通り、口を閉じた。

 ここは笑うところなのかと夕闇は思い、隣のミレイユの表情をうかがったが、イネスに同情している様子があって、そうであれば何も言うまいと心に決めた。ガストンは、ナヴァールくんは年上好きなのか?と一瞬考え、いやいやと首を振った。



 

 一週間後。

 午後から雨が降ってきたのを、夕闇はミレイユの部屋で窓から眺めていた。

 今日も今日とてミレイユは調合をしている。一昨日、新たに作った調合品をマチカッドの店主に取引しにいった際に「ミレイユちゃんのアトリエ、一度見てみたいねぇ」と言われて以来、ミレイユは家のことをアトリエと嬉々として呼び始めたが、しかし何も一日中、工房として使わなくてもいいのにと夕闇は思った。

 雨が降っていると外に出て魔法の鍛錬をする気も起きない。しかたなしに、読みかけだった本を読むことにする。ミレイユのお気に入りの小説だ。強かで美しい魔女が登場するらしいのだが―――――。


 不意にノックの音がした。ミレイユは調合に集中している。

 やれやれ、と夕闇が応じることにした。


「どちらさま……」


 夕闇が声をかけつつノブに手を伸ばした瞬間、扉が内側へ開いて、夕闇は危うくぶつかるところだった。寸前のところで飛び退き、躱す。


「ミレイユ! 大変よ! 力を貸して!」


 扉を開けてそう叫んだのは、ずぶぬれのフェリシアだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る