15

 じとっとした目つきの夕闇ダスクに、ミレイユは反論した。


「で、でもっ、たとえば鍛冶屋のおじさんに見せてもらった魔石は、もっと屑鉄っぽいやつでした。こんなにつるつる磨かれたのが魔石だなんて」


 木箱の中に乱雑にこれでもかと収められている色とりどりの魔石。その一つにミレイユがそーっと指先を伸ばして、しかし触れるのを躊躇い、引っ込めた。


「研磨されているわけでないわ。こういう卵型のタイプの魔石を体内生成する魔物もいるってだけ。すべてがそうではなくて、もっとゴツゴツとした見た目であったり、骨や花のような形状をとる場合もあるそうよ。あんたが見せてもらったのは、どこかから安く取り寄せた、魔屑だと思うわ」

「そうだったんですね……えっと、触ってみてもいいですか?」

「ええ、接触のみで反応を起こすものではなさそうだわ」


 ミレイユが嬉しげに魔石をつついたり、手に持って重さを確かめている傍らで夕闇は考える。魔石の品質の高低についてはそこまで詳しくないが、感知できる魔力量からして中程度。とはいえイルンラクトで揃えられはしないだろう。もう一つの木箱に入っていたのも同質、同量の魔石であった。管理局が指定している狩猟区域で特定の数種類の魔物を一週間は狩り続けて集まる質と量だと思われる。


「家に持ち帰りましょう。一箱ずつ持てばいけるわね」

「あ、でもわたしは錬金杖が……って、それよりも勝手に持ち出しちゃっていいのでしょうか。部屋を開ける許可は貰いましたが、中にあるものに関しては何も許しを得ていませんよ」

「退魔装備の製造を促すような置手紙。しかもマジック・サイファーつき。あんたの師匠が未来を、つまり私たちが置かれる状況を見越して事前に用意したものとしか思えないわよ」

「うーん……教会の人たちがそれで納得してくださればいいのですが」

「大丈夫よ。あんたがよく知っている妹想いのシスターに頼めばいちころよ」


 果たしてフェリシアはミレイユのお願いを二つ返事で了承した。それだけではなく小さな荷車を貸した上で「これもシスターの務めよ」と言ってミレイユたちが運ぶのを手伝ってミレイユの家までついてきた。

 家に到着するとミレイユが「よかったら中でお茶の一杯でも」と誘う。ミレイユと夕闇としては昼食をとってしまいたくもあった。フェリシアは「そろそろ休憩が終わるから、教会に戻らないと」と心底悔しげな顔で言うと、小走りで荷車を引いて去った。夕闇は「やっと帰ったわね」と深く溜息をつく。教会からの道中、フェリシアからの質問攻めに合いながらもミレイユを上手に利用して躱していたのだった。




 ありあわせのものを調理しての昼食後、ミレイユたちは予定どおり運営室に出向くことにした。出発前に「どうせなら、軽くお昼寝しておきませんか。頭が冴えますよ」とミレイユが夕闇を誘った。はじめは夕闇も悪くない案だと思ったが、まだ寝台は一つしかなく、ミレイユが自分を枕代わりにしようとしていると邪推したうえに、昨日の接吻の気恥ずかしさもぶり返して彼女の誘いを却下した。

 

 錬金杖とその他の道具は置いて、運営室に向かう。相変わらず立てつけの悪い扉を開いて中に入ると、壁際に見知らぬ女性が立っていた。

 夕闇はその女性の風貌から彼女が管理局の登録魔物狩猟者であると判断した。それもならず者ではなく、どこかの都市で名のある後援者の傘下で訓練と社交の機会に恵まれているような人間であるのではと。

 

 まずその髪色が目につく。赤髪。癖が強いのか、焔の如くうねりがある。その双眸は険しく、一心に正面を見やっている。顔に目立った傷はないがどことなく筋張っており、勇ましい。背丈が高い。ガストン室長ほどの肩幅はないが、縦幅はそう変わらないだろう。ぴんと張った背筋はまるで騎士のようでもあった。砂塵にまみれた衣類が長い旅路を経てきたのを感じさせた。

 夕闇、そしてミレイユもつい彼女を数秒間眺めた後で、その瞳が何を見つめているのかと、視線を自然と追う。

 そこにはエリカがいた。カウンターの内側で書類仕事をしている。

 まさかねと思ったのは夕闇であり、なるほどと思ったのがミレイユだった。


 ミレイユがカウンターの前に立って「エリカさーん」と朗らかに呼びかけると、エリカが気づいて「あら、もうそんな時間なのね」と立ちあがってミレイユのもとへと進む。その間に、既に例の赤髪の女性がミレイユのすぐ背後まで接近しているのだった。ぎょっとする夕闇であったがエリカはその女性の動きに気づいていながらも平然と「それでは、応接室にいきましょう」と言う。

 

「イネス、来て」

「言われずとも」

 

 女性にしては低い声。短いやりとりがエリカとその女性で交わされた。夕闇は後ろからついてくるイネスと呼ばれた女性の視線を、背中にびしびしと受けつつ歩いた。

 応接室でソファに四人が腰掛けると、エリカがイネスをミレイユたちに紹介する。


「おふたりに紹介します。この子が一昨日に話した、幼馴染で友人のイネス・マザラン。魔物の解体ができるわ。わけあって、管理局への正式配属は今のところできないんだけれど、当分はこの運営室における魔物の解体処理は任せるつもりです」


 じろじろと不躾なまでにミレイユたち二人を観察したイネスであったが、エリカの紹介が一区切りついたところで「うむ」と頭を軽く下げたあとは、隣にいるエリカに視線を移していた。首ごとエリカのほうを向かせて露骨にその横顔を眺めている。もう正面の夕闇たちから興味を失ったようだった。

 ミレイユと夕闇も自分から名乗ってはおく。


「ねぇ、そのってのは聞かないほうがいい?」


 夕闇の言葉にエリカは「つまらない話ですよ」と返す。


「エリカが話せと言うなら、話す」


 イネスがエリカを見たままそう口にした。慣れているのか、エリカは先ほどから――――きっとカウンターの内側で仕事をしていたときから――――イネスの熱い視線をまったく気に留めていないふうだった。


「単に魔物の解体術を身につけているのではなく、戦闘ができそうだけれど、それと関係あるの?」


 夕闇が自分の推測を合わせて訊ねた。


「人は見かけによらず、ですよ。イネスはこんななりですから、よく狩猟者に勘違いされたのですが、実のところ戦闘はからっきしです」

「魚料理が得意であっても、よい釣り人になれるとは限らない」


 無感情でイネスが補足する。わかるような、わからないような喩えだと夕闇は思った。なんにしてもエリカの話を信じるなら、イネスは経歴として狩猟者であったこともなければ、名のある後援者の傘下の人間であるわけでもなかった。


「魚料理ですかー。川の上流のほうで獲れるギンクチがもう少ししたら、美味しい季節だそうです。ぜひお店で召し上がってみてください」


 そう言って微笑むミレイユを夕闇がひじで小突く。そのまま、メインストリートにある定食屋の話でもし出しそうな雰囲気だったからだ。


「覚えておこう」


 イネスが言い、エリカがわざとらしく咳払いをした。


「念のため、確認しておくわね。その人が私たちの狩猟した魔物の解体を引き受けるとして。そのぶんの人件費ってのは報酬から引かれないのよね」

「意外とがめついんですね、夕闇ちゃん」

「あんたは黙っていなさい」

「その点なら問題ありませんよ。先に申し上げたとおり、イネスについては管理局との契約という形をとりますので。狩猟した魔物の運搬が困難であれば、同行させてもらってかまいません」

「え? でもさっきエリカさんは、イネスさんが戦闘はからっきしって……」

「逃げ足は早い子ですから」

「自分の身は自分で守る」

「わぁ! おふたりは深く信頼し合っているんですね!」


 なんでそうなるのよ、と夕闇は思わずツッコミを入れそうになった。


「愛のなせる業だ」

「おおっー!」

 

 心なしか得意げなイネスに素直に感心するミレイユ。エリカは苦笑いを浮かべる。


「ところで。再探索の準備にはどうですか。まだ二日しか経っていませんが」

「夕闇ちゃんに口止めされちゃっている部分もありますが、なんとかなりそうです!   宣言通り、一週間以内には再出発しますね」


 ここにくる道中で、教会にあった魔石のことなどを口止めしておいた夕闇であったが、その口止めのことを口止めるのを忘れていた夕闇だった。いや、なんで言うのよと夕闇は呆れて閉口した。


「どうかご無理はしないでください。威力偵察ができれば、後続の狩猟者に引き継いで対処してもらえますでしょうから」

「例の、都市に要請と募集をかけたっていう?」


 夕闇の言葉に一瞬、イネスの眉がピクリとした。


「ええ。どうしても返答に時間がかかってしまいますが」

「エリカ、あの街の人間をあてにしないほうがいい」

「……へぇ、貴女も私もその街の人間だったわけだけれど?」


 口を挟んできたイネスを笑顔を引きつらせてエリカが見やった。応接室に入って初めて二人は視線を合わせる。


「今は違う。それにあたしはエリカがいる場所が自分の居場所だ。その意味で真にあの街の人間であったつもりはない」


 ひどく淡々と話すイネスであったが、しかしエリカに対する熱い感情はミレイユと夕闇にも見て取れた。夕闇はそこに温度よりも重さを感じ取っていたのだが。

 イネス相手にそしてミレイユたちの前で口論するつもりはないのか、エリカは視線を元通り、正面に戻す。


「ミレイユさん」

「は、はいっ! なんでしょう」

「今日中には、南の森のアウトウィーゼルの調査任務を正式に書面にて発行します。出発される前にもう一度だけここに寄って受注してください。情報登録調査ではなく、狩猟を含む任務としては、こちらが第一号となります」


 魔導管理局イルンラクト支部・新設準備運営室の正式依頼としてということらしかった。


「ま、任されました! 頑張ろう、夕闇ちゃん!」

「わかっているわよ」


 やる気に満ち溢れているミレイユに対して、夕闇が考えていたのは手に入れた魔石とミレイユの錬金術で、いかに自分に合う退魔装備を調合・製造するかだった。

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