「風花」
ひゅるひゅる、ひゅるひゅる、風が吹く。
富士山の頂から払いのけられた花が、ふもとの町へと舞い降りる。冬の寒さに守られた小さな花が、乾いた冬の空を舞う。
小さき花の聖女に守られた保育園で、二人の園児と、一人の神父が、クリスマスツリーを作るために、園の敷地内で、松ぼっくりを拾っていた。
ぴゅう、という空っ風が、神父のストラの裾を動かし、思わず足元で蹲っている二人の園児を見る。園児たちは、松ぼっくりの他に、松の枝なんかも気になっているようだ。
「雪、花。寒くないか?」
「さむくないよ! みて、いっぱいあるの! まっぽっぽい。」
「さむくない! しんぷさま、まつぽっくり、いっぱいになっちゃった。」
念のため顔や指先を確かめてみると、特に冷えてはいないようだ。子供は本当に体温が高い。
「あ、しんぷさま! おはな! おはな!」
「ろーまんさま、しろいおはななのー!」
手を触っていた神父を見上げていた園児が、ローマンの髪の毛越しに、空を舞う『花』を見つける。園児たちは手を伸ばして花をとらえようとするが、花は手の中に残らない。ローマンが雪を懸念していると、園児たちは意地でも花を拾おうと、きゃーきゃーと走り出してしまった。
「こら! もう寒いんだから帰るぞ!」
「しんぷさま、おはな、おみずになっちゃうの。」
「なんでー?」
ここで、その花は、空っ風に乗ってやってきた富士山の雪だから、と、答えるのは野暮な気がする。しかし、子供だましはよくない。何と答えようかと考えていると、園児たちが答えてくれた。
「きょうは、だれかの、けっこんしき?」
「このまえみたいに、おはなをまいてるの?」
ひろえないねー、おちてないねー、と、首を傾げながら、園児たちは少ない思い出の中から答えを拾ってくる。今度は地面を探し始めたので、ローマンはしゃがみ込み、二人の頭を撫でた。少し風花で湿って、冷たいような気がする。
いずれにしても、ここは早いところ、納得してもらって、帰った方が良さそうだ。ハンカチを入れるポケットがないので、とりあえず袖で二人の頭を拭う。
「ああ、そうだね。もう少しで、復活祭だから、かみさまが、お嫁さんを祝福してるんだよ。」
すると、一人がふふんと得意げに言った。
「ユキ、しってるよ。かみさまのおよめさんは、きょうかいのおともだちたちなんだって!」
「良く知ってるね。かみさまは全ての人を、お嫁さんにして、大切にするんだよ。」
すると、その笑顔が欲しくて、もう一人が言った。
「ハナ、きいたよ。しんぷさまとシスターは、かみさまとけっこんしてるひとなんだって。」
「そうだよ、シスター達は、かみさまと結婚して、お祈りするのが仕事なんだ。先生たちみたいに、お祈りをする時間、誰かのために働いている人のために、お祈りするんだよ。」
二人は満足したのか、差し出された手を素直に握り返した。風花はまだ舞っている。
園内の松林を抜け、園舎が見えてきた頃、あっと園児の一人が声を上げた。もうそろそろで暖かい場所に連れていけるだけに、少し苛立つ。最近の親はうるさいのだ。
「ふっかつさいは、およめさんの、おいわいなんだよね?」
「そうだよ。」
実際、教会では復活祭の時に洗礼式があるのは鉄板だし、復活祭の祝いの余韻に浸りながら、結婚式が挙げられることも多い。
「なら、しんぷさまをおいわいしなきゃ!」
「へ?」
「きれいなおよめさんになれるといいね。ローマンしんぷさまなら、だいじょうぶだよ!」
「ええ?」
少し戸惑った。それは、自分が男性を模しているから、ではない。
そもそも
もちろんそんなことは、日曜学校では教えていない。というより、普通の信者でもあまり知らないことだ。
賢者の目から隠し―――、という聖書の言葉を思い出し、少し納得する。
「そうだね、いいお嫁さんになれるように、頑張るよ。」
「うん! ユキ、おうえんする!」
「ハナも! あかちゃんのめんどうみるの! このまえね、ハナね、おねえちゃんになったから!」
「あ、あはは……。そう、そうね、俺の息子、ねぇ………。」
そういえば最近、
その『何か』が、神の計画であることには変わりないのだろうが、それが人類の幸福と結びついているかと言われると、それははっきりと否やであると言えよう。
自分の幼いころのような過ちを、この時代で犯してはならないと思うからこそ、子供を得てはならない。
園舎の中へ、きゃいきゃいとはしゃぐ二人を押し込めると、外はまだ風花が舞っていた。おやつの時間に大わらわな園児たちの数は合っているようだったが、なんだか外に気配がする。
「神父様? 子供たちは全員いますわ。」
「え? ああ、そうじゃなくて……。…ああ、なんか気になるから、ちょっと外見てくるわ。」
「はい、おやつは残しておきますね。」
「ああ、いい、いい。一人で食べても意味ねえから。じゃんけん大会でもしてやってくれ。」
そう言って、ローマンは冷気が入らないように体を狭めて教室から出た。
特に悪意のようなものは感じない。しかし、人間の気配でもない。となると、自分の親戚の誰かだろう。
「どうした? おやつ食べに来たのか?」
真っ先に思いついたのは、子供の姿を模した遠縁の妹たちだった。しかし、きこ、きこ、と、ブランコの音に気が付いてそちらに近づいていくと、赤褐色の身体をした、白いロップイヤーが、器用に頭の上でハートを作っている。
「ん? イェールか? どうした、
「あ、ローマン兄ちゃん!」
イェール、と、呼びかけられたロップイヤーのような白い
「えへへ、今年は何年でしょう?」
「ん? 2023年だが…。なんかの記念日か?」
「んもー、そういうとこだぞ~! 末っ子がせっかく、ローマン兄ちゃんのお祝いに来たのにー!」
「???」
今日も明日も明後日も、聖人歴で言えば、毎日が祭日である。ただ『平日扱いでもいい程度』なだけであって。ただ、それが『
しかしイェールは、
「―――
「は?」
「本当は10年前に、1700年の記念に来るべきだったかもしれないんだけど、シナイ内乱とシリア内戦でごたごたしちゃって、外に出られなかったんだ…。」
「いや、その二つって確か今も進行中だろ。」
「うん!」
「そこ笑うとこじゃねえって……。」
思わず顔を覆う。ただ、本人としては、確かに笑うしかないのも本音なのだろう。
「でも、最近は従弟のみんなとも協力できるようになったから、大分楽だよ。今日は珍しく、どちらからもテロが起きそうになかったから、急いできちゃった。」
「…お前、それ園児の前でいうなよ。日本は著名人が殺されないと危機感を持たない国だからな。」
「あはは、それでいいよ~。争いなんて知らない方が!」
「ところでこれ―――。」
なに? と、聞こうとして、園児たちがわらわらと集まってきた。
「およめさんのおぼうしだ!」
「しんぷさま、およめさんになったんだ!」
「おそらから、おはながふってるもん!」
「あれえ? おむこさんは?」
園児たちが取り囲んで初めて、ローマンは渡されたそれが、巨大なベールだったことに気づいた。そして、園児達に道を開けるために、いつの間にかイェールは遠くに沿い、手を振って、消えかかっていた。
幸せなしあわせな、日本の
いつか、巡礼の旅に、エルサレムへおいで。
その時までに、ボクはみんなと、
きっときっと、
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