第15話 地底湖を素潜りで泳ぎ切れ
星歴899年 11月20日 午後20時20分
ベルイット辺境領 古王国エルム
第5階層を大火力の力技で制圧した。
フィアは、嬉々として、逃げ遅れたスライムを捕まえて、奴隷契約を結んだ。スライム大洪水には、様々の種類のスライムが混じっていた。そいつらを全種類、1匹ずつ配下に加えたのだ。
「スライムが14種類も集まりました。この調子で世界中のスライムを集めたいな」
フィアは、嬉しそうだ。普通、そんな低レベル獣魔を集めて喜ぶ魔導士はいない。
フィアは、やっぱり、動物大好き娘なのか。
◇ ◇
第5階層から第6階層へ降りようとして、またも、問題にぶつかった。
地図帳によると、第6階層が、エルム
その地底湖の中に小島があって、ここを訪れた貴族や魔導士などの賓客をもてなすゲストハウスが立っているはずだった。
「……水没してますね」
フィアが階段の途中に立ち、振り返った。つま先で水面を蹴ると、ぴちゃんと澄んだ波紋が広がってゆく。
メンテナンスされなくなった古代の
「地下水位が上がって、地底湖があふれたんだろうな……」
どうしたものかと思案していると、フィアが地図帳を持って近寄ってきた。
「ここ、潜れば、通り抜けられると思います」
地図帳には、平面図だけでなく、エルム
「湖の中のゲストハウスは、この高さだから、水没していないと思います」
指摘されて、俺も気づいた。
いま、目の前にしている第6階層へ降りる階段は、8割ほどが水没していた。階層ひとつ分の高さは約3メートル程度だ。つまり水深は2.5メートル程度。
そう仮定すると、この壁の向こう側には吹き抜け状の大空洞があり、ゲストハウスの高さを図面上で確認した限りでは、沈んではいない。
つまり、2.5メートル潜れば、向こう側の大空洞へ抜けられるはず。
「俺は問題ないが……」
獣人の俺は身体能力が高いから問題ない。元の世界でも水泳は得意だった。
伊達にギルクのブタ野郎に鍛えられたわけじゃない。俺は、フィアの表情をうかがった。やはり、少し硬い。
森の種族であるクォータエルフは、一般的に海で泳いだりしない。森の泉で沐浴がせいぜいで、少なくとも素潜り能力は高くないはずだ。
「が、頑張ります。ベルメト関門がダメな以上は、ここしか辺境領から逃げ出せる希望がないんだもの」
フィアは両手に握り拳を作り、頑張ると繰り返した。
「わかった。ただし、俺とフィアを紐で結ぶ。フィアが息が続かなくなったら、俺がフィアを引っ張って向こう側まで連れていく。それでいいか?」
「はい」
フィアがうなずいた。
そうと決めたら、準備だ。
フィアに、人食い箱のハコちゃんを呼び出してもらい、装備をハコちゃんに預けた。地図帳もハコちゃんにしまった。
しかし、愛用の戦斧はデカすぎて入らなかった。仕方なく戦斧はここへ置いていく。さすがに重い鉄の塊を抱えては泳げない。
冷たい水に飛び込んだ。
もがき始めたフィアを腕の中へ抱え込み、真っ暗な水を潜る。
フィアが必死に光弾の魔法を使った。
地底湖の湖水は透明度が高い。
魔法の閃光は水中でも、眩しいほどに輝き、行き先を照らしてくれた。
「フィア!」
苦手な水中で魔法を使ったら、当然だが、息が続かない。
泳げないフィアは、俺を信じてその身を任せてくれた。
そして……
俺は力の限り水を搔いて、泳ぎ切った。
大空洞へ出た。
見回すと、微かに明かりがある。
真っ黒い湖水の向こう、島と思われるシルエットが浮かんでいた。
腕の中へ抱いたフィアは、すでに意識がない。心配だが、息遣いはある。
冷たい湖水にいつまでも
俺は、とにかく湖を泳ぎ切ることを優先した。
そして、地底湖の真ん中に浮く島へたどり着いた。
◇ ◇
島にたどり着くと、すぐ、フィアを揺すり起こした。
「フィア、大丈夫か!?」
光弾の魔法を使った直後、フィアは息が続かなくなり、ぐったりしていた。
俺が抱き抱えて運んできた。
けほっ!
咳き込んだ。
フィアの薄緑色の瞳が開かれた。ぼーと俺を見あげている。
「大丈夫か、地底湖の真ん中島に着いたぞ」
「あ、あひ、あい……」
フィアは何かしゃべろうとしたが、息が喘いでまともに話せない。
湖畔の砂地にあおむけに転がり、まだ、放心しかけていた。
スライムに喰われた衣装を結び合わせた姿は、ずぶ濡れで激しく胸を弾ませる。
俺は姿勢を低くしたまま、周囲を見回した。愛用の戦斧を手放した以上、丸腰の状態だ。フィアがこの有様ではいま魔物と会敵するのはまずい。
地底湖の真ん中に浮かぶ小さな島は、人工島だろう。古王国時代は、王侯貴族の保養地としても機能していた。ゆえに、不自然に木々が茂り、砂浜まである。
見上げると、星明かりが見えた。
「この地底湖の上だけ、地上まで竪穴になっているのか」
気づいた。
地底湖の上だけ、この地下隧道は地上と繋がっていた。といっても、断崖絶壁の奥底に地底湖がある。地上から、この島に降りることは難しいだろう。
星明りに目が慣れると、ゲストハウスも見えた。湖の中に、舟遊びのための桟橋まである。
と、俺が目を凝らして見詰めていると、薄闇に沈んでいたゲストハウスに、明かりが灯った。桟橋にも明かりが並ぶ。
「気づかれたか!」
俺は、フィアを抱き寄せて、警戒した。
だが、俺の心配をよそに、現れた気配は敵ではなかった。
「ようこそ、おいでくださいました」
女の声が出迎えた。
振り向くと、ゲストハウスの玄関扉が押し開かれ、メイドがひとり佇んでいた。
扉からは、暖かい光が漏れている。
「だれだ!」
本能的に俺は身構えたが、すっと、フィアの白い手が遮った。
「はあ、
まだ息が浅いフィアが、命令語を使った。
また、命令語か。
しぶしぶ白い指先が指し示すとおり、フィアの隣に控えた。
「あの人、魔法の自動人形よ」
フィアが、俺に振り返り、小声で伝えてきた。
「このお屋敷を守り、賓客をもてなすのが、お役目みたい」
俺は、うなずいた。
メイドを見るがきり、敵意は感じられない。
それにしても、フィアの感覚の鋭さには恐れ入る。見た瞬間、ほぼノータイムでメイドの正体を自動人形と看破したのだ。
進み出たフィアは、裂けている胸元をかばいながら、ゆっくり会釈した。
「このような姿にて失礼します。
辺境領より中央へ向かう途中に立ち寄らせて頂きました。今夜、泊めて頂くことをお願いできませんか?」
メイドは涼しげに微笑した。
「ようこそお越しくださいました。お部屋のご用意をいたします」
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