第16話 世界最高ランクの奴隷少女

星歴899年 11月20日 午後21時15分

ベルイット辺境領 エルム地下隧道ちかずいどう内 ゲストハウス


 エントランスホールに通されて、フィアは思わず声をあげた。俺までも、感嘆を漏らしたほどだ。


「凄いです。南国のお花がこんなに咲いているなんて……」

 エントランスホールは、決して広くはない。しかし、胡蝶蘭に酷似した白亜の高貴な花が、たっぷり飾り付けられていた。切り花ではなく、大ぶりの鉢に植えられた花が、ホールを埋め尽くしている。


「こんな地底湖で、温室でもないのに……?」

「お気に召されましたか。古い時代の蘭です。当館では、魔法による支援を行い、栽培しております」

 俺の疑問に、自動人形のメイドがクスリと笑い応えた。


「魔法で南国植物を栽培するとは……」

 驚くしかない。

 異世界といっても、魔法は貴重な資源だ。この世界では、多くの人々が魔法を行使可能だが、レベルの高い魔法は、王侯貴族など特権階級のものだ。また、人間が使える魔法には、魔力貯留量の制限がある。

 こんな用途に魔法を無駄使いするなど、あり得ない。


 そのあと、俺とフィアでひと部屋を用意された。

 とりいそぎシャワーを浴びて、着替えた。スライムの大群にもみくちゃにされたから、俺もフィアも毛皮や髪に粘液が絡みついていた。気持ちがいいわけはない。


 フィアが召喚魔法で、例の人食い箱を呼び出した。

 俺は、フィアのクローゼットと化している人食い箱をにらむ。

 獣人の俺はともかく、フィアはこのゲストハウスの格式に見合う水準になるべく近づけたい。


「メイドは何も言わなかったが、このゲストハウス、ドレスコードはどこまで要求されるんだ?」

「元々が王侯貴族向けですよね……」

 俺の疑問に、フィアも自信なさげに答えた。


 俺とフィアは、ギルク辺境伯爵の奴隷だ。それも戦闘用。社会の階層的には、奴隷戦士は、最も下層に位置しているはずだ。何とか見た目だけでも、衣装で取り繕えないものか。


 しかし、便利だが、まぬけな人食い箱には、どこまで期待できるんだ?

 そう思った矢先だった。


「あれ!? どうして、こんなに……?」

 バスタオル巻き姿で、人喰い箱の前に、ぺたんこ座りをしたフィアは、驚きの声をあげた。


「どうした? まさか、そいつに着替えの服まで喰われたのか?」

 とうとう裸になる展開か? 軽口を叩いた。


「ち、違います。着替えの衣装がすごいんです」

 フィアが、人喰い箱の中から濃い紫のカクテルドレスを引っ張り出した。

 驚いた。

 確か、地底湖に潜る直前に、人喰い箱に装備を預けたときは、野外活動向けの衣装が入っていた。騎士服もあるから、それで何とか体裁を取り繕うことを思案していたのだが…… 少なくともカクテルドレスはなかったはずだ。


「あ、青藍せいらんにも…… タキシードですね。これは、ぜひ、着てほしいな」

 大柄サイズのタキシードを両手で押し抱いて、フィアはうっとり有頂天だ。


 ちょっと、待て。なんで俺まで一張羅いっちょうらに着替えなきゃいけないんだ?

 と、言いかけて気づいた。


 あの黒き影の魔導騎士クロイツエルの仕業だ。

 おそらく、やつは助力と引き換えに、俺たちを魔法的な手段で監視している。

 そして、俺たちがゲストハウスに到達したことを知り、この館のドレスコードに見合う衣装を用意したんだ。

 俺の分まであるってことは、ドレス姿のフィアを、エスコートする役目を割り当てられたってことか?


 さらに、俺は心の中が重くなるのを感じていた。

「エリュシア正王家の末裔というフィアのステータスが理由だろうな」

 フィアも、俺の声色に気づいて、タキシードを胸に押し抱いたままうなずいた。


 自動人形のメイドが、ズタボロ姿の俺たちをまったく疑いもせず、館に通した。

 メイドは、フィアを奴隷戦士の小娘とは見ていない。

 古代エリュシア正王家の王女として、認識しているのだ。


 先ほどのエントランスホールの胡蝶蘭もどきを見て直感した。魔法で観葉植物を育てているのだ。このゲストハウスは、資料にあったとおり、王侯貴族向けの最高ランクの格式なのだ。

 少なくとも、ただの奴隷戦士ならば、門前払いされるはずだ。


 それなのに、寝室だけでなく応接間まで付いたスイートルールに通されている。はっきりいうと、ここまで上等な待遇は怖いくらいだ。

 

 しかし、これも、フィアがエリュシア正王家の血筋ならば、問題ない。

 エリュシア正王家の家格は、現存するすべての王侯貴族よりも上位に位置している。たとえば、アーセルト王国大臣クラスよりも、格上の待遇を受けたとしても、当然といえるだろう。


 俺は、眩暈がした。

 フィアは、世界最高ランクの家格を持つ奴隷少女なのだ。

 

 だが、俺の心配をよそに、フィアはというと、人喰い箱が用意した数着のドレスを全部、試しに着て、姿見の前でその都度、小躍りしたり、にやけたりしている。


「ああ、迷う。こっちも捨てがたい」

「ねぇ、青藍せいらん、ドレスだけど、さっきの紫と、これ、どっちが似合うと思うかなぁ?」

 フィアは、淡い水色のドレスの裾を翻して、舞った。


 女の子がこれをやり始めると、長くなることを、俺はこの日、学んだ。



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