第9話 ガラン
「えっと、ここで合ってんのか?」
建物のきらびやかな灯りが見えてきた頃にはもうすっかり日は暮れ、街行く人々の姿もまばらになっていた。エリカがいるのもあってあからさまに「何だコイツら」と見られることもしばしばあった。
また、これは想定できることではあったのだが、
「あの、そこの紺色の髪の人、こっち向いてくれますか?」
「すみませんすぐに行きますから!」
エリカがまぁ捕まる捕まる。横にいるロウのことなんか気にせずに。
それでだいぶ時間のロスになるところなのだが、エリカはお得意の塩対応で
「今あなた方に構ってる暇ないので」
と突き放す。一定数その態度にまたしつこくつきまとってくる人はいたものの、エリカが本気で無視をし続けるとポツポツと去っていった。
「はぁ……都は人が多い。必然的に面倒な人も多い。疲れますね、ここはあまり好ましくありません」
「クゥゥン……」
歩き続けているせいでほつれかけている髪をキュッと結び直してからエリカが愚痴った。
「エリカ、お前自覚してないのかもしんねぇけど、キャーキャー言われる方の立場だってことは自覚しといたほうがいいぜ」
「不便ですね」
「不便って、それだけでもありがたいって思っとけよ。ただ歩いてるだけで人が寄って来るんだぜ?人なら誰しもが憧れるだろ」
「いや、それは憧れでしかないでしょう。いわゆる有名人って取り巻きも多いんでしょうけど、うっとうしいだけですよ」
「コイツ話通じねー」
二人があれこれ言っている間、わたしはタワーの場所を確認していた。もうタワーは目に入っているものの、またしばらく歩かなければならないようだ。
タワーは都の中でも目にとまる建物で、イベントのときにはきれいなイルミネーションが施される。
しかし、そのあたりには人が少ない。タワーは完全な荒地に立っており、待ち合わせ場所にするには町から離れているし、タワー自体に何かあるわけでもないからだ。
「二人とも、あのタワーの中ってどうなってるか知ってます?」
「え、逆になんかあんのか?」
ネクターは困り顔で言う。
「聞いたことがありませんが、確かに不思議な建物ではありますね。観光地、とは言いがたいですし」
「ですよね……」
「なーんか不気味だよなぁ、ポツンと立ってると」
なんでガランさんがタワーを選んだのかわからない。ただ単に目立つからなのかもしれないけど。
道脇の露店から炭のいい匂いが漂ってくる。これはきっと、焼き鳥の匂いだ。お酒のつまみなんかにして食べるんだろう。
ずっと歩き続けているので余計にお腹が空いてきた。
「よし、あともうちょっとだ!みんな頑張ろ!」
そういう建前で、美味しそうな匂いから逃れるために目一杯走り出した。
ここで時間を潰したらガランさんもしびれを切らして帰ってしまうかもしれないし!いやもう帰ってるかもしれないけど!
「フェリシア!待てよ、俺も疲れすぎて死にそうなのに!情けとかねぇのかよ!」
「クッ、体力無さすぎでは〜?サヴェンティアリ様が走るのなら同じく走るのが常識でしょう?」
抗議するネクターを嘲笑ってエリカも走り出した。
「はぁ?!んなお前、俺を舐めてたら痛い目見るからな?!走ってやる、走ってやるぞっ!」
「ウォォン!」
奮起したネクターを応援するようにロウが吠えると、エリカが盛大に舌打ちをした。
「なっ、何故ソイツを応援する?!ロウ、早くこっちに来い、早く!」
「ウォォン、ワォン!」
「何だよ、ロウが俺のこと応援して何が悪いんだよ!な、ロウ!」
「ウォ……アォォン!」
「何でちょっとためらったんだよ」
……そんな感じで最後の最後まで体力を振り絞って、とうとうタワーの前まで来た。
のだが……。
「あれ、ガランさん」
もう真っ暗闇の中、人影はない。
「マジでか。……ガランさーーーーーーーーーん!俺たち、精のこと教えてほしくてー!別に殺そうとしてる訳とかじゃないんでー!いますかー?!」
「アォォォォォォオォォン!」
ネクターとロウが爆音で叫んでも、ガランさんの姿はない。隣から深いため息が聞こえる。
「ガランさんは自分から言っておいてすぐにいなくなるような、そんな人とでもお思いで?」
「え?」
「……彼女はきっといます」
エリカが言ったっきり、少しだけど長い時間が過ぎていった。指先が凍りつくほどの冷たい風が容赦なく吹き付ける。わたしたちを試しているかのようだった。
「なぁ、そうは言っても全然くる気配ねぇけど大丈」
ネクターが言いかけたその時、タワーの裏の方から一匹の精がのそのそとこちらに近づいてきた。
「わっ!急になんか出てきやがった!びっくりするじゃんかよ!」
「どこから出てきたんだろ?」
「……リフ」
その精は緑を基調とした体で、頭に金色のツノを二本持っており、長い首と尻尾、そしてツノの同じく金色の翼(普通想像するであろう怪獣の翼にある膜のような部分はない。骨組みだけである)という、これぞドラゴンといった外見をしていた。しかし大きさは一メートルもないので、迫力はあまりない。
「この方はどこから……」
「リフ!リフゥ!」
精はわたしたちの顔とロウを見て一通り見て確認すると、また暗闇の中に消えていった。
「今の、精だよな?何だよアイツ、俺たちに用でもあんのかよ。心臓飛び出るかと思ったぜ」
「ほんと、見たことない精だった……」
ふとエリカの顔を見ると、どこか一点をじっと見つめていた。いつもよりも若干目が開かれている。
「え、エリカさん、どうかしましたか」
あの精に見覚えがあったのだろうか。
と、エリカは神妙な面持ちで、静かにつぶやいた。
「みなさん、ガランさんのお出ましですよ」
それを聞いてネクターがあたりを見回す。
「ガラ姉はここここ。わざわざここまで来てくれてありがとうな」
聞いたことのある声がする方を向くと、そこにはさっきの精と、ずっと目指してきたガランさんがいた。
「ガランさん、こんな遅くまでここで待っていたんですか」
「そう。ガラ姉が言い出したことだし、ずっと人が来なくても待ってるつもりだったんよ。ガラ姉、ここで時間潰すのは慣れ切っちゃったもんで、いくらでも待っとれる。だから申し訳ないとか思うんはダメな」
ガランさんはサングラスからちらりと目をのぞかせて、わたしたちにニコリと笑いかけた。
今日のガランさんはパッと見ただけじゃガランさんだと分からない。
サングラスに深くかぶった帽子。これだけで誰かは分かりにくくなるけど、それに髪をお団子にまとめ、いつものガランさんからは想像もつかないだらしない格好をしているのだから、これなら誰にもバレないだろう。
「で、誤解生んだら困るから言っとくな。さっき君たちのところにやってきた精はガラ姉の精。名前はハゼイ。いっつもはこうやってミニサイズで生活してるんけど、いざって時はでっかくなって守ってくれるんよ。かっこいいよなぁ」
「フリィ!」
ガランさんに褒められて、ハゼイは翼をひらひらと動かして喜びを表した。
「大きさが変わるんですか?」
「そ。ハゼイはおっきすぎるから普通に生活するときには困るんよ。だから縮こまってるってだけの話」
「へぇ、すげぇな。ツミはちっさいから……」
わたしたちがそんな感じに感心していると、ガランさんは大きく息を吐いて、吸った。
「ガラ姉ばっかり話してごめんな。えと、君たちの名前も教えてくれん?」
エリカがやけに静かだった。
「わたしは、フェリシア・サヴェンティアリです。今日はほんっっとうにありがとうございます!」
「俺はネクター・アクイレギア。よろしくお願いだぜ」
ガランさんは大げさなくらいに目を細めて「ありがとさん」と笑った。
「ガラ姉の方がありがとだし、よろしくなんよ」
それから、そのままの表情でエリカの方に視線を移した。
「あぁ、私ですか、私は……」
「知っとるよ。エリカ・ヒーマリス」
さえぎるように自身の名を言われ、エリカは肩を震わせた。
無意識なのだろうが、後ずさりもしていた。
「何故……私の名を覚えているんですか。あなたの人生の中で覚えておくべき人の名前は他にあるでしょうに」
「いいや、忘れるとか失礼なことするわけない。エリカのおかげで今のガラ姉があるようなもんなんよ?知っとる?」
「いいえ……知るわけがない。あなたにさらさら興味はないので……」
珍しくエリカが怯えている。しかし、先ほどとは違って、いくらかほっとしているようにも見える。
ガランさんはグッと近づいて続ける。
「でもガラ姉、悪いことしたよな……」
まだ続きがありそうだったけど、わたしたちのことを配慮したのか、そこでガランさんは口をつぐんだ。
「大体話したいことはわかりました。私が想定してきたものとは違いましたが。それよりも……」
「ん?」
ガランさんがか細い声でたずねると、エリカはスッとガランさんから距離をおいた。
「あなた、距離感ってものがあるでしょう……?」
エリカがつくった微妙な距離を見て、ガランさんはみるみる顔を赤くした。
「?!っあ、ごっ、ごめん、そういうことな、あぁやっと分かったわ、ガラ姉鈍感でほんとごめんなぁ……!」
顔を覆って耳まで赤くしているガランさんと、それを何とも言えない顔で見つめ、どう対応したら危なくならないか慎重に考えているエリカを端から見ているわたしたちの気持ちよ……。
「俺たちこんなの見たかったわけじゃねーのに……」
「もうちょっと我慢しよ、うん。気持ちは痛いほどわかるけどさ」
「エリカのくせに……」
わたしたちの早く終わってほしいムードをいち早く感じ取ったエリカは、調子を戻してガランさんに話しかける。
距離は、そのまま。
「あ……お前、時間食ってるの自覚しろ。話すことがあるなら話せ。明日に持ち越すなら持ち越すなりにさっさと行動しろ」
ネクターが吹き出しそうだ。それを見てなんとか抑えてるけど、わたしも吹きそうだ。
こんなんになるなんて、誰が予想できる?!
「え、あ、そうな。見苦しかったよな、耐えてくれてありがとさん、フェリシアとネクター」
「俺は耐えた。ガチで頑張ったぜ」
「はい……」
ガランさんは先ほどまでの飄々とした態度に戻った。
「今日はもう遅いから、近くにあるホテルに泊まってもらって。お駄賃はガラ姉が払うからお金の心配はしなくていいからな。そんで、朝ロビーに集合にしよか。君たちも聞きたいこといっぱいあるだろうし、ガラ姉も話したいこといっぱいあるから……」
「えっ、ガランさんも同じとこ泊まるってことか?!」
びっくり仰天していたのはネクターだった。いやさすがに同じホテルだとしても違う部屋だろ……。
「うーん、それどうしよかと思って。今から行くホテルは立地が立地なもんで、夜中に精が入り込んだりするんよね……。だから、みんな一人部屋がいいんだろうとは思うんけど、精に襲われでもしたらたまったもんじゃないもんな」
エリカの顔が極端に引きつる。
「まさか四人で一部屋だと言うのか?」
全く同じ意見だ。お金の問題もあるけど、四人は精神的にきつい。
「それでいいか!」
「どういう頭してんだお前は一人がダメなら男女で分かれればいいだろう」
ガランさんの潔い結論をかき消すべくエリカが早口で提案する。
「そ、そうだな、それが一番無難だぜ」
「うん、一人か四人か、よりかはね」
「……そうね、ガラ姉馬鹿なことした」
この気まずい空気は、苦笑いでごまかすほかなかった。
でも、ガランさんと同じ部屋とか、たぶんわたしを殺しにかかってる。
はぁ……。
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