第8話 大丈夫

 ガランさんが謝りたいって、一体どういうことだろう。わたしはさっきの動画を途中までしか見ていない。

 失敗した。


〈ほんっと、ガラ姉悪いことしたと思ってる。みんな気ぃ悪くさせてごめんな。じゃ、早速話していこか。えっと?どのコメント使わせてもらおうかな……〉


 配信は続いていくけど、なかなか話の内容が頭に入ってこなかった。エリカの反応、何かしら知っていそうだったし、エリカが何も関係なかったとしてもガランさんが精のことを動画で話すなんて、普通はしないはずだ。恥じるべき話なんだから、精は。


 ガランさんは都のタワーで待っていると言っていた。ここは田舎町ではあるけど、意外と都の隣町だったりする。かなり歩くことにはなりそうだけど、行くあてが見つかっていない以上そこを目指して行くのが一番いい気がしなくもない。超人気者のガランさんに会えるのかという不安もあるけど、そこは三人寄れば文殊の知恵でなんとかしなければ物事は進まない。


 あと旅が始まるまで一週間もない。とりあえず死なないように食糧やら水やらを準備しなくては。冷え込むから防寒具も持っていかなきゃいけない。お金も最低限必要だろうし、あと、迷わないようにスマホも。そうしたら充電器もいるんじゃないか?


 ……と、たくさんものを用意しなければならない。物はただ集めてリュックサックに詰め込めばいいだけだけど、この旅を始めること、そして、死ぬ覚悟で望まなければならないことをもう一度確認しなければならない。

 ただやみくもに地名もわからないところを散策しても得られる物は限られる。だから、いくら無謀な旅と言ってもある程度の目星はつけておかないと体力の無駄になるだけだ。


 まずは限られている情報の中で見つけたガランさん。わざわざタワーにいると言ってくれているのだから、精のことを聞いてみるに越したことはない。


「まず目指すは、ガランさんだな」


 わたしは本格的に旅の準備を始めた。何か一つでも忘れて家に戻ってくるのはまっぴらごめんだ。

 ちゃんと確かめておかないと……。



 〜???〜


 ギャァァァァァァァァァァァァァァァッ!


 叫び声が、あたりに響く。


 そこはなんの変哲もないありきたりな場所。


 ギャッ ギャァァ!


 大きな叫び声の裏に、それとは別に小さな悲鳴が聞こえる。


 ギャンッ! グォォォオッ!!


 それっきり、小さな悲鳴はなくなった。


 ただ叫び声は、あたりに響く。



 そして、ついにこの日が来た。


 できるだけ大きなリュックサックに、できるだけ多くのものを詰め込んで家を出た。今日は特に冷え込みがきつくて吐いた息が煙のようにもくもくと立ち、草を踏みしめればさくさくと気持ちのいい音が鳴る。冬特有の石油のにおいもただよっていた。

 家を出る前に見た天気予報では雪は降らないようだけど、過去一番の寒波が来ているらしい。外出するときはコートに手袋、マフラーを忘れずに、とも言っていた。わたしはそんなこと言われなくたって準備してあったけどね!


 まだ早朝なのもあるだろうけど、人や精がいる感じが全くない。この世にわたししか存在していないんじゃないかと思えるくらい、静かだった。小鳥のさえずりさえ聞こえない。


 ネクターの家のインターホンを押す……押そうとしたけど、まだネクターの家族は寝ているだろう。起こしたら申し訳ないと思って、ネクターが出てくるのを待った。この時間帯にネクターの家に行く、と伝えておいたから大丈夫なはず。


「おーい、フェリシア!」


 家から出てくると思ったのに、ネクターは庭の奥からひょっこり姿を現した。全身もこもこで、肩が取れそうなほど大きいカバンを背負って。


「あ、ネクター!もういたんだ」

「俺が遅刻するとでも思ってたのか?俺はな、こんな大事な日に寝坊なんてしたら最悪だって思ったから、とんでもないくらい早起きしちゃったんだぜ!そんで、こいつ……ツミって言うんだけど、俺の精。何かあったら頼むぞって言ってた。かわいいだろ?」

「クルルン!」


 ネクターは隣にいる小さな妖精のような見た目をしたかわいらしい精を見て言った。

 人型の見た目にはなっているが、そこら辺をフヨフヨ浮かんで風に乗っている。蜜のような甘い香りもしてきた。きっとツミのものだろう。


「うわぁ、なんか意外だけどすごいネクターに合ってるよ、ツミちゃん」

「そうか?もうちょっとかっこよくてもよかった気がすんだけどな。そんでもって『復讐の精』をぼっこぼこにできるくらい強くってさ!……でもツミってやつは戦いなんてやったことねぇし、俺が寝てる間に部屋中蜜だらけにして大変なんだぜ……」

「愛嬌ってことでいいじゃん?」


 ネクターは顔をしかめたけど、ツミは嬉しそうにくるくる回転した。


「クンル!」

「まぁ、嫌いじゃないから安心しろって。お前は自慢の精だ!」

「クルンッ!」


 これはロウのときにも言ったことだけど、精って本当に主人のことが大好きなんだ。逆に、主人がいない精ってどういう気持ちなんだろうか。もしかして、『復讐の精』は主人がいないからむなしくて、悲しくて、暴れているのかもしれない。


「さてっと。ツミの紹介はこれくらいにしておいて。ツミ、お前はもうちょっとお利口さんにしておいてくれ」

「クルルン!」


「エリカさんだけだよね、あとは」

「そうだよな。アイツ治ってるんだろうな?せっかく仲間になってやったっていうのに、ドタキャンはなしだぜ?」


 ネクターはますますしかめっ面になって腕を組んだ。まだ時間はあるけど、本当に来なかったらわたしとネクター二人で旅を始めることになる。というか、エリカがいなかったらガランさんのところに行く理由が曖昧になってしまうから、絶対来てもらわないと困るんだけど……。


「ウォォォォ!」


 その時、あの狼の遠吠えが聞こえた。


「ネクター、これって」

「そうに決まってんだろ!ロウしかいねぇ!」


 よく通る声で言うものだから、「ネクター、ちょっと声量落として」と慌てて注意した。ロウの声でここまで喜ぶネクター、なんだかすごい和む。


 それからまもなく、エリカとロウが堂々と車道を歩いてやってきた。ロウはわたしたちを見つけると、一目散にこちらに走ってくる。それを追ってエリカも走り出す。


「ウォン!ウォォッ!」

「ちょっ、待てロウ!」


 ロウはあっという間にわたしたちのところにやって来ると、わたしとネクターにそれぞれ顔をすり合わせ、ツミが飛び回っているのを見てピョンピョン飛び跳ねた。


「ははっ。ロウ、前にもましてやんちゃになってやがるぜ」

「そうだね……久しぶりに会ったからかな?」

「ウォォン!」


 ロウは自分が飛べないことを悟ったのか、ツミに一声吠えると、主人を迎えにまた走り出した。


「ウォォン、ワォォン!」

「そんなにみんなに会えたことが嬉しいのか。お前もずいぶん可愛くなったものだな。しかし、サヴェンティアリ様に会えるのは嬉しいこと限りないが、奴もいるからな」

「……クゥン」


 少しして、エリカとロウが一緒にネクターの家までたどり着いた。エリカはネクターを見るなり不潔なものを見るような目でため息をつく。


「はぁ……本当に、お前と旅をしなければならないのか」

「そうだろ、それ分かりきってることだろ。改めて嘆くなよ」

「まあまあいいじゃん、三人揃ったわけだし」


 わたしが仲介すると、エリカは打って変わって「サヴェンティアリ様!」と声を上げた。


「あぁ、サヴェンティアリ様がいればコイツとの旅も苦行ではなくなります!ありがとうございます!」

「え?えぇ、はい……できればみんな仲良く行きたいんですけど……」

「そうなのですか、では私もできる限りコイツとうまくやれるように模索しますので!」


 そう言った後、すぐにネクターを睨みつけるのだからこれは……。


「そういえば、お前の精か。その甘い匂いがする奴は」


 エリカはツミを指差してネクターに尋ねた。ネクターは「指差すんじゃねぇ」と怒りながらも、説明はしてくれた。


「そうだ。ツミっていう。あんまり戦力にはなんねぇと思うし、出来ることっつったら蜜を作ることくらい。癒しにはなるかもしんねぇけど。それでも俺の大切な精だ。いくらお前でも侮辱したら許さねぇからな」

「……はい、精に罪はありませんからね。それは受け入れましょう」


 案外すんなりと受け入れるんだな。


「では、三人揃ったとこなので、早速今日の目標伝えてもいいでしょうか!」

「おう!フェリシアよろしくだぜ!」

「もちろんです」

「ちょっと話しにくいことなんですけど……」


 このことを伝えて、エリカに嫌な思いをして欲しくない。ネクターに変な心配してもらいたくない。だけど、


「ガランさんに話を聞きたいと思ってるんです」


 エリカの目が見開かれた。ネクターもそれに気づいて、横目で見る。


「フェリシア、それってどういうことだ?」

「ごめんね、急に。ガランさんが配信で言ってた。一緒に見た動画のことで謝りたいから、心当たりのある人は都のタワーに来てくれって。ガランさんは精のこといろいろ知ってそうだし、目的地がない以上それが一番近道なのかなって……」

「そうだけど、俺もいいと思うけど、分かるだろ?ガランさんは、」

「サヴェンティアリ様」


 ネクターはエリカのことをよく考えて、最大限配慮して言ってくれてる。

 そこにエリカが口をはさむ。


「まずお前、気遣い感謝する。それで、ガランとやらのことだが、私はもう大丈夫だ。もう、というか、前は唐突に来たものだから心の準備ができていなかっただけで、今ならどうにでもできる」


 感謝されたネクターがどぎまぎしているのをよそに、エリカは続けた。


「だから、サヴェンティアリ様。ソイツのところに行って少しでも情報を聞き出してやりましょう。有名人なら人脈もあるでしょうし、いい目の付け所だと思いますよ」


 にわかには信じがたかった。本当に大丈夫なのか、という不安が何度も頭をよぎる。


「まだ疑われているようですね、でも本当に大丈夫なんです。私、ソイツにちょっとした縁がありまして。私自身も話したいことがあるんです」

「ほんとかよ、お前嘘ついてんじゃねーの?」

「心配ないと言っているだろう?!本人が言っているんだからすぐに信じろ」


「……分かりました。わたし、エリカさんを信じます」


 そう言うと、エリカとネクターはハッとしてわたしに向き直った。


「もう一度言います。今日はガランさんに話を聞く!」

「よっし!初日に超有名人に会えるなんてすげぇ得した気分だぜ!」

「……ハハ、どうでしょうね」


 不安だらけながらも、それぞれの胸におもいを秘めて寒さが緩んだ中を歩き出した。
















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