第7話 謝りたい

「大丈夫かお前!」


 声を上げたのはネクターだった。その場にうずくまるエリカの背をさすって心配そうに声をかける。


「……なれなれしく触るな。気色悪い」

「俺っ、俺心配してやってんのに、何だよその態度!てか本当に大丈夫なのかよ?何があったんだよ!」


 エリカの顔は血の気がひいて青ざめていた。それを見せまいと、わたしたちから目をそらす。


「エリカさん、ごめんなさい。わたしが勝手なことするから」


 正直、原因がはっきり分かっているわけじゃない。だけど、何となくわかる。「急に暴れ出す人」、それに何かしらのトラウマがあったのだろう。エリカを苦しめる気は全くなかった。ただ、ガランさんの動画で楽しめたらいいと思っただけ。よりにもよってこの動画を開いてしまった。

 責任があるとするならば、わたしだ。


「サヴェンティアリ様は悪くありません。私は大丈夫です。心配をかけて……すみませんでした」


 立ちあがろうとしたエリカをネクターがとめる。


「おい強がんなって!顔色悪すぎだろ!そんなに具合悪いんだったら俺ん家で休んでいけよ、な?」

「馬鹿かお前、お前の家になどいたら休む気にもならん」

「はぁ?それで悪化して死んじまったらどうすんだよ?せっかく仲間になったじゃねぇかよ!もう少し他の人の気持ちも考えろって、一人で生きてんじゃねぇんだぞ!」


 ネクターは、きっとエリカのこと、本気で心配しているんだろうな。ムカつくところが山ほどあっても、どれだけ罵倒されても、大切な旅の仲間だから。

 それはわたしも同じだ。


「私も……一人じゃない、ですか。何も知らないくせに生意気な口をきき、やがって……」


 微笑みながらそんなひねくれたことを言うから、本当に思っていることがわからない。

 今はとりあえず、気持ちが落ち着くまで休んでいて欲しいところなのだけど。


「ああ、さげすめるときにやりたいだけさげすんでおけよ。お前は知らねーかもしれないけど、俺はもともと生意気な野郎だ。たぶんお前より歳も過ごしてないし……。辛辣になっちまうけど、お前、煽るの下手だぞ」


 ネクターがポンポンとエリカの肩をたたいた。煽っているのか、悪気はなくて言っているのかよくわからないところだ。


「はいはい、そうですね」


 エリカは大人の対応で軽く受け流すと、またかすかに笑った。


「コイツの言っていることを認めるのは非常に癪にさわりますが、一人ではないことは認めましょう。いえ……認めたい、ですね」


 エリカの目に黒い雲がうつった。


「ウォォン!」

「あぁ、ロウ、心配かけて……すみませんね」


 わたしたちから少し距離を置いて、ロウがぴょんぴょん飛び跳ねながら吠えた。どうやらロウは主人の心身の変化に敏感らしい。


「ロウって、エリカさんのこと大好きなんですね」

「……さぁ。なぜそれを唐突に」

「だって、ロウはエリカさんが苦しんでいる時、いつもどうにかして助けようとしているから」


 わたしとエリカが出会ったのはある意味ロウがいたからかもしれない。ロウが倒れているエリカを助けようと必死で、その姿にわたしは突き動かされた。ちょうどネクターから精の話を聞いていたからなのかもしれないし、偶然なだけなのかもしれないけど、精は恐ろしいものばかりじゃないとロウは教えてくれた。

「……そうなのかもしれませんね。私もロウには頭が上がりませんよ。ロウはどんなときでも私のすぐそばにいてくれましたからね」


 そこにすかさずネクターが口をはさむ。


「そうだぞ!お前が死んだらロウも死んじまうし、死ぬまでは行かなくても心配かけちまうだろ!」

「分かっていますよそれくらいは。私も常識は認知しておりますので」


 この二人は当たり前のように話すけど、わたしには違和感があった。その原因はほんの少しの間わからなかったけど、理解するまでにそう時間はかからなかった。


「サヴェンティアリ様、自分勝手な行動にはなりますが、私はしばらくロウと静養していることにします。理由もお話ししないまま体調を崩して混乱されていると思いますが……そこはあまり深入りしないでもらえるとこちらとしては助かります」

「はい、全然休んで大丈夫ですよ、というか休んでください!それで、おこがましくはなるんですけど……旅に出るときはこの三人で、一緒にいられるといいですね」


 わたしなりのはげましの言葉をかけると、エリカは見たことのない柔らかな笑みで深くうなずいた。


 その笑みは、どこか幼い少年を感じさせた。遠い昔を呼び起こさせるような、淡い色。


「ありがとうございます。……あなたはやはり、」


 エリカはグッと言葉を呑み込むと、ややおぼつかない足取りでロウを呼んだ。


「では、一旦失礼します。サヴェンティアリ様も体調にはくれぐれもご注意ください。……ネクター、お前も死んだら許さんぞ」

「ああ!俺は何回死んだって死にきれないぜ!俺の心配するなんてナンセンスだぞ」


 腰に手を当ててなぜか自慢げにネクターが言うと、エリカは仕方ない、といったように片手を軽く上げ、目を合わせないままどこかに去ってしまった。

 もたつき気味にロウと歩いて行くときでさえ絵になってしまうのだから、この爆弾は恐ろしい。帰る道中に何人に声をかけられるだろうか。

 下がり始めた太陽に、エリカの影が長くのびた。


「フェリシア、俺思ったことあんだけど」


 エリカの背中が角に曲がってすっかり隠れてしまった時に、ネクターが言った。


「うん」

「アイツ、エリカってさ、面倒な人なのは変わりないけど、寂しいんだな」

「?寂しいって、そのままの意味?」


 全く予想していなかった言葉がきたものだから、思わずきいてしまった。確かに、匂わせるような言葉はあったものの、人それぞれの生きていた道があるよなぁと思って、深く気に留めていなかった。

 でも、ネクターはそこに気づいていた。


「そうだな。俺、超絶かっこいいこと言っただろ?一人で生きてるわけじゃねぇんだぞーって。そんときさ、あいつ、俺相手に敬語使った。んまぁ、すぐいつもの感じに戻ったけど。フェリシアは頭いいからわかるだろ?それだけびっくりしたっていうか、俺の言葉に感動したんだろうな!」

「う、うん?そうだね」


 そう言われればそうだ。あのときは少し不自然だった。無理矢理いつもの調子に戻そうとしているようなぎこちないところがあった。


 そんなことを考えていると、ネクターがいきなり「悔しいけど!」と声を張り上げた。たぶん、わたしが部屋の中にいても聞こえるくらいに。


「悔しいけどさ、エリカはいい奴だよ」


 素直に認めればいいのに。エリカの様子が急に変わったとき、真っ先に心配していたのはネクターなんだから。でも、ネクターは渋柿を食べた時みたいな顔をしてゆずらない。


「俺の言うこと、認めるときはちゃんと認めるし、おまけにちょこっとかっこいいしな。俺には及ばないけど」

「もうさ、認めちゃいなよ。逆張りしてもいいことないよ?」

「いやっ、俺アイツ嫌いだから!嫌いだけど、人としていい奴だよなって言っただけで、理解しがたい人だからな!?ほんっと俺に対してのあたりが強すぎんだよアイツ!あー、思い出したらムカついてきた!かっこいいとか言ったの誰だよ?!」


 ネクターは髪をわしゃわしゃにして地団駄を踏んだ。


「あ、あとさ、わたしききたいことがあって」

「お、いいぜ。俺が答えられることなら」


 ネクターはスッと真面目な顔に戻った。


「わたし、さっきのネクターとエリカさんとの会話で気になったことがあるの。その、ネクターが言ってた、エリカさんが死んだらロウも死んじゃうって……。それって世間の常識みたいな感じなの?それとも、特別に何かあるの?無知なのは分かってるんだ。でも教えてほしい」

「あぁ、俺もちゃんと説明してなかったよな。分かるもんだと思ってて」


 わたしが精のことを全くと言っていいほど知らないの、ネクターに言ってなかったと今気づいた。ネクターはそこで一息つくと、また話し始める。


「精と人間ってのはめっちゃくっちゃ深い関係があんだよ。人間がへこたれてたら精も悲しんじまうし、そこで主人を助けようと頑張る奴もいる。さっきのロウみたいな感じだな。で、精は主人がいる限りいつまでも生きられる。どんな傷もすぐに塞がるさ。無敵だよな!」

「すごい……精ってそんなタフだったんだ」

「まぁな。でも、それは主人がいるからってだけで、主人が死んじまったら一緒に死んじまうんだ。……たぶん、一部を除いて」

「一部って、もしかして『復讐の精』とか?」


 わたしが今知っている精の中で一番あり得そうな名前を言うと、ネクターは「おう」と若干不安げに答えた。


「俺もまだまだ勉強中だからあんまり信じない方がいいと思うけど、普通に考えてそうだよな。『復讐の精』とか『祝福の精』とかは結構昔の情報もある。何百年も前のものもな。そんだけ生きれる人っていないだろ?だから、そいつらは主人がいなくても生きられるんだろう」

「そうなんだ……」


 やっぱり、精の中でも『復讐の精』と『祝福の精』は特別な存在らしい。『復讐の精』を探すのなら、『祝福の精』についても知っておく必要があるかもしれない。


「ありがとう、これでまた『復讐の精』に少し近づいた。えと、わたし、エリカさんから少し精のこと聞いたんだけどさ、精ってあんまり見せびらかすものじゃないって。『復讐の精』を連想させるかららしいけど。ネクターも、精はいるんだよね?」


 鈍感なネクターではあるけど、不謹慎だったかもしれない。エリカのときも変な雰囲気にしてしまったから。


 でも、ネクターは満面の笑みで言った。


「ああ!当たり前だろ!今は人も通るかもしれないからやめとくけど、旅の途中でやばくなったら俺の精が大活躍だぜ!あ、ロウとフェリシアの精もな!」

「ごめん、そのことなんだけど、言ってないことがあって」


 言うのはこのタイミングしかないだろう。旅が始まってから言っても今更感が否めない。


「わたし、精がいないの」


 ネクターは何も言わず、ただ黙っている。ネクターが何の反応もないのはちょっと怖いけど、話してしまう。


「エリカさんにはもう話したんだ。そしたら、精はいるけどまだ会えていないだけだって言われて」

「……マジかよ。そんなことあんのか」

「うん、だからわたし精のことよく分からないし、怖いのか頼れるのも手探り」


 ネクターはしばらく考え込むと、何か名案を思いついたのか、シシシッといたずらっぽく笑うと、「ならよ」とつぶやいた。


「フェリシアの精を探す旅にもなるってことだな!いいじゃねぇか、また目的ができた!エリカにも頑張ってもらわねぇとな!」

「そ、そうだよ、ね!エリカさんの負担はだいぶ増えるかもだけど」

「いいんだよ!アイツは苦労させてナンボだ!」

「もうちょっと優しくしてもいいんじゃない……?さっきかっこいいとか言ってたじゃん。無理に嫌いアピールしなくても」

「フェリシアまでアイツの味方すんなよー!」


 ネクターに会うたびに思う。


 相変わらずだ、と。



 そのあとネクターと別れて、一人家でガランさんの動画をあさっていた。さっきの続きも気になるところだし、最新の動画やライブがやっていないかのチェックも兼ねて。


 すると、今ちょうどやっているライブが見つかった。いつも通り、何十万人もの人が参加している。

 それに当然のようにわたしも参加する。


〈ガラ姉のライブ配信、付き合ってくれてどうもありがとな。これからのんびり話していこうと思ってるんで、晩御飯とか用意しとくといいかもな。いやちょっと早いか……?つまみ食いとかでもいいね〉


 これから始まるみたいだ。ガランさんはクールながらも面倒見のいいお姉さんキャラでみんなから親しまれている。本気でガランさんに恋をしている人もたくさんいて、その人気は計り知れない。


 今日はテレビや動画で見る服装よりラフな格好で、いつもは低いところでしばっている長い髪もおろしている。その容姿にもすでに多くのコメントが寄せられている。


〈何?ガラ姉そんないつもと違うん?ちょっとリラックスモードなだけなんよ。そんなかしこまってたらライブの意味ないしな。ま、今日限りのガラ姉を楽しんでやってな〉


 どんどん流れてくるコメントを目で追いながら、たまに「ありがとうな」とか、「おぉ、おめでとさん」とか、ファンが喜ぶことをたくさんやってのける姿は本当にかっこいい。

 しかし、


〈そんで……まず謝らんといけないことがあるな。前の、ガラ姉が勝手に話しまくる動画で、個人的にダメだったと思うことがあったんよ。一応この場で言っとくな〉


 いきなりガランさんの表情がかたくなった。


〈急に暴れ出す人の話、誤解生んだと思う。……ガラ姉はその人のこと嫌いなわけじゃない。嫌な噂立てて広めようとしたわけじゃない。一番悪いのはガラ姉なんだけど……〉


 ウチは、その人にもう一度会いたい。


 このライブ見てないかもしれん。でも、このことを知ってくれたんなら、都のタワーに来てほしい。


 謝りたいんよ。
























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