第6話 呼び起こされるトラウマ

 エリカというとんでもない爆弾に会ってから、わたしは気が気じゃなかった。

 家までついてくるまではしないけど、どうやらここら辺の地域をウロチョロしているらしく、わたしを見つけるや否や「サヴェンティアリ様ー!」と駆け寄ってくる。そして、何があったかだの、精について新たに分かったことがあっただの、情報をわんさか仕入れてくる。悪い気持ちはしないけど、あまりにも熱心すぎて心配になってしまう。

 しかも、わたしにそこまで献身的になる理由がいまだ見えないのだから、わたしの中のエリカはモヤがかかっていた。


 そしてある日のこと、部屋にこもりっきりでは体力がつかないと思い、散歩とは言えないぐらいのろのろとした散歩をしていると、案の定エリカがやって来た。


「サヴェンティアリ様ぁー!おはようございまーす!」

「あ、はい、おはようございます」


 控えめにあいさつすると、エリカはマシンガントークを始める。今日もわたしには到底理解できない話をして満足そうに帰っていくんだろう

 ……と思ったのだが、今日はそれがなかった。


「あれ、今日は何か話すわけではないんですか」

「え、あ、そう、ですね……。最近はどうも行き詰まってまして、新規情報がないといいますか、はい……。『復讐の精』については調べるのですが、暴れる原因というのが探しても探しても見つからないんですよね」

「そうなんですか」

「ええ。『復讐の精』というのは確かに人を傷つける災厄であり、殺してしまうべき存在だと人々に伝わってはいますが、それはあくまで世間での情報です。『復讐の精』のこと自体を調べてみると、真逆の情報が出てくるんですよね。性格は非常に温厚で、人々を災厄から『祝福の精』とともに守ってくれる精、と」


 結局喋るじゃないか。いや、でもこれは結構重要な情報なんじゃないだろうか。『復讐の精』と恐れられているのに、温厚だって……。


「でも絶対矛盾しますよね。『復讐の精』が暴れて犠牲者を出しているのに、当の本人は人々を守ってくれる精だって。どっちが本当のことなんですか?」

「どう、でしょうね。『復讐の精』自体は温厚でも、どこかの誰かさんに気を狂わされてしまっているのかもしれませんし、どちらかの情報が嘘かもしれない。だから、私は絶賛悩み中なんですよ」

「はぁ……」


 改めて考えてみると、『復讐の精』が何者かもまだまだわかっていないのに全ての犠牲の原因を押し付けてしまっている気がする。『復讐の精』が望んでやっていることではないのかもしれないのに。『復讐の精』はそんなことやっていないかもしれないのに。


「やっぱり、わたしたちだけじゃ限界があります。もっといろんな人にきいて、事実を繋ぎ合わせないと」

「ですよね」


 できるだけ正確な情報が欲しい。常識じゃなくて、真実を。今私が知っている中で一番精に詳しそうなのは……。


「……あ、そうだ、エリカさんにネクターって紹介していませんでしたよね?」

「ネクター?誰ですかそれ」

「それって失礼です!じゃあ、情報集めがてらネクターにあいさつしてきましょう。たぶん一緒に旅をすることになるので、顔は知っていて損はないですね」


 エリカは知らない人の名前を出すとものすごく分かりやすく嫌な顔をした。

 わたしはエリカと話せているけど、最初の最初は殺されかけたからな。ロウがいなかったらわたしはここに存在していなかった。

 ちょっと忘れかけていたけど、エリカ・ヒーマリスはなかなか難しい人だ。万人と打ち解けられる人じゃないだろう。隣には恐ろしい狼、ロウがいるし。

 ネクターは殺されずに済むだろうか……。


「あの、お願いなんですけど」

「はい!サヴェンティアリ様のお願いなら何でも!」


 この調子なら人を殺すとは考えにくいけど、一応。


「ネクターは殺さないでください。エリカさんと合わない人だとしても、わたしにとっては大切な友達ですから。それに、エリカさんにとっても大切な人だと思いますよ。ネクターは精のこと、たくさん知っていると思います。この計画を持ちかけたのもネクターですし」


 長旅になるだろうからできれば話せる仲にはなってほしいけども、強制はしない。エリカは頼りになるし、一緒にいて旅が面白くなるのは間違いないけど、だいぶ危なっかしい。一度でも爆発したら誰も止められない。


「サヴェンティアリ様のお願いに逆らうことはしません。私は補佐ですから。というかあなた、私がそんなに簡単に人を殺すとでも思っているんですか?!」

「え?だって初対面なのに殺る気まんまんでしたよね?わたし忘れてないですから」

「あのときは少々気がおかしくなっておりまして」

「おかしくなっていようが危なっかしいので忠告はしておきました」


 大丈夫。きっとネクターはエリカとなんとかやってのけるだろう。もしバトルが始まったらわたしが頑張って止めに入ればいい。できないと思うけど。うん。


「言いましたからね。行きますよ」

「はい」


 ネクターの家のインターホンを押す。無機質な音が鳴り響いたあと、向こうから我が家のような安心感がある声が聞こえて来た。


「はい……おお!フェリシア!久しぶりじゃん!ちょっと待ってな、玄関出るから」


 会うたびに思う。相変わらずだ。嵐が来ても一人で何とかしちゃいそうな感じ。語彙力がなさすぎていい表現が思いつかないけど、そんな感じ。


「よ、わざわざフェリシアから来るなんて珍しいな。まだ二週間経ってないけど、なんかあったか?あと、後ろの人って大丈夫な感じの人な?すんごいオーラ放ってるけど」


 全然大丈夫な感じの人じゃないけど、それを言ったらいよいよバトルが勃発してしまうのは確定なので黙っておく。


「あのね、偶然なんだけど、頼れる人材が仲間になってくれるって言うの。それがこの人なんだけど……」


 ネクターにそういうと、エリカに「自己紹介お願いします」とささやいた。


「私の名はエリカ・ヒーマリス。そして少し後ろの方にいるのが私の精、ロウだ。……ネクター、と言ったか。下の名前はなんという」


 エリカって初対面の人にはいつもこんなツンツンした態度取ってるのか。わたしのときみたいに殺そうとはしてないみたいだけど、何も知らないネクターからしたら「何だこの人」って思っちゃうだろうな。


「俺のフルネーム教えろってことだな!そんなのお安い御用だぜ!俺はネクター・アクイレギア。エリカって男だろ?綺麗な名前だよな、エリカ・ヒーマリスって」

「くだらん。アクイレギアとはなんと下品な名だ」

「はぁ?!何だとこの野郎、まぁ俺も思ってたことだけど!響きがゴツいけど!ネクターはなんとなくいいだろ!ネクタイみたいだけど!」

「サヴェンティアリ様以外に人権はない」

「はああっ?!何言っちゃってんの?!てかサヴェンティアリ様ってお前、フェリシアのことそうやって呼んでんのかよ!うーわ気持ち悪りぃな普通にフェリシアでいいだろ!なんでお前がフェリシア謎に信仰してんだよ意味わかんねーよ」

「は?お前今サヴェンティアリ様を侮辱したな?殺すぞ?」

「してねぇよ!お前マジでどういう思考回路してんだよ」


「ちょっとちょっとー!!」


 想定していたことではあったけど、ネクターが意外と奮闘してくれた(?)。これは平和に旅はできなさそうだ。


「ごめん二人とも、わたしこうなるの分かってたのに会わせちゃって!初対面の人殺そうとする人と鈍感なネクターが合うわけなかったよね!ごめん!全部わたしのせい!」

「……地味にさ、俺たちのことディスってね?」

「はい、あからさまですね」


 これ以上口論を続けても意味はないから、なんとかこの場を収めていい感じにしないと。ええと、どうすれば相性最悪の二人を……。


「お前、これからもずっと嫌いだけど、なんとなくすげー奴だってのは分かる。俺だって馬鹿じゃないからな」


 そう言ったのはネクターだった。


「だから、本当は入れたくないけど特別に、特別に!旅の仲間になるのを認めてやってもいいぜ。そうすりゃきっと『復讐の精』のいろんなこともわかるかも知んねーし、そこのロウってやつも強そうな見た目してるしな」

「どこまでも浅はかな奴だなお前は。しかし……お前に顔を合わせに行ったのももとは情報集めのため。使える奴はとことん使い尽くして、いらなくなったら速攻でこr……。私の眼中に入らないようにしてやる。こんなお前でもサヴェンティアリ様の大切な友達らしいのでな」

「おうおう!よく分かってんじゃん!新参者の割には」

「は?」

「お?」

「醜い争いやめてね?」


 わたしが二人の間に入って、一度口論は収まった。これぞまさに犬猿の仲と言うべきだろう。でも、なんだかんだ言っていいコンビになりそうな予感はする。


「えっと、とりあえず今の段階のメンバーはこの三人でいい、ですか?」

「この計画だけだからな、エリカと行動するの。これが終わったらとっととご帰宅願うぜ」

「ええ、サヴェンティアリ様がそれでいいのなら。……ネクターはやはり気に食わないですが」


 これはいいということなんだな?うん、そういうことだろう。そうだ、うん。

 わたしにはメンバーになったからには、絶対にやりたいことがあった。こんな息が苦しくなるような計画を背負っていたら精神的にもやられるはずだ。だから、


「みなさん、ガラン・スノップさんって知ってますか?」


 わたしが言うと、ネクターは拍子抜けした顔でたずねた。


「えっ、ガラン・スノップって、あのモデル兼動画配信者兼タレントの超人のことか?それなら知ってるけど」

「そうそう!気休めにガランさんの動画見れば、い、いいかなぁーって思って」


(わたしが見たいだけだけど)


「……ガラン・スノップ、ですか。……いいでしょう、サヴェンティアリ様が言うのなら」


 エリカは少し低めの声で呟くように言った。エリカはわたしの願望でしかないことを分かっているんだろう。それでいてお願いをきいてくれるなんてわたしはなんて恵まれているんだ……。


「じ、じゃあ、早速みよっか!かっこいいんだよガランさん!」


 ポケットに突っ込んでおいたままのスマホを取り出して、ネクターの家の庭にある椅子に腰かけた。


 動画サイトを開いて、「ガラン・スノップ」と検索すると、大量の動画が表示される。いろんなジャンルの動画に同じくらいの視聴数がついていて、どれも何千万回だ。


〈ガラ姉なぁ、気になってる人がいてな。恋愛とかそういう方向じゃなくて、不思議というか、心残りというか〉


 わたしが再生した動画では、ガランさんが自由気ままに話しまくっていた。こういう系の動画は人気が高く、コメントもたくさん寄せられている。


〈精ってさ、あんまいい印象ないよな。人前でさらすのとか論外って感じ。そのことずっと何でだろって思ってたんよ。……ごめんな、急によくわからん話して。興味ある人だけ聞いてってくれな。

 確か、中学か高校だったんだけどな、みんなから気味悪がられてる人がいて。噂なんだけどな、「あいつは急に暴れ出す」って言われてたんよ。

 ウチそんなこと全く信じてなくて、どうせすぐ噂されなくなるだろってあんまり関わらないでたんだけど、ウチ、それ実際に遭遇しちゃったんよね……〉


「……うっ……!!」


 隣から急に聞こえたのは、


 エリカのうめき声。


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