第5話 サヴェンティアリ様
「あの……。これって一体どういう?」
わたしが不信感マックスできくと、エリカは当然だ、といったようにペラペラと話し出した。
「私はあなた、サヴェンティアリ様に一生ついて行くと誓います。突然すぎるかもしれませんがこの気持ちは本当です。なので!これからどんな困難が待ち受けていようとも!……誰にけなされようとも、私はサヴェンティアリ様のそばにいます。お力になれるならさらに光栄ですが!」
「いや、わたしそんな大層な人間じゃないですし、絶対損することの方が多いですよ」
そうだ。わたしはエリカが死ぬところを見て見ぬふりをしようとした張本人だ。狼を勝手に怖がって、人の死より自分の命を優先して、逃げ出そうとした。これから無謀な旅をしようとしている中、そんなことをするわたしは冒険家失格だ。わたしについて行くなんて頭がどうかして……独特な人だ。
「いいえ!私は確信しています。あなたはきっと、何かを成し遂げる。私のよ……この世界の弱者に手を差し伸べて笑いかけてくれると。だからお願いします!私を!サヴェンティアリ様の補佐として認めてください!」
エリカはわたしの前に頭を垂れてひざまずいた。嘘でしょ、そんな、認めるって……。わたしに強大な権利はないというのに。
でも、でも、狼くんを従えているエリカが仲間になってくれれば、旅の助けになってくれるかもしれない。もし『復讐の精』と合間見えたのなら、その時も戦力になってくれるかも。そういう算段をなしにしても、エリカと旅をするのは面白そうだ。最初はあんなにそっけないというか、無作法な人だったのに、今はすっかりわたしに心酔(?)しているのだから。それで顔がいいって、ある意味最強かもしれない。
「念を押しておきますけど、わたしはただの平凡以下の人間です。どこかの誰かと人違いをしているのかもしれません。エリカさんがそこまで心酔する人ならなおさら。でも、わたしは別に構いません。というか、エリカさんがそばにいてくれるのはとても安心しますし、頼りがいがあります。あの狼くんをも手懐けているエリカさんですから」
わたしが言うと、エリカはぱぁっと目を輝かせた。情けを持たない表情からは似ても似つかない、子供のようだった(成人しているのかは知らないけど)。
「それって、もしかして私を補佐として認めてくれるいうことですか?!」
「……んまぁ、そういうことになります」
切れ味悪く言うと、エリカはすっくと立ち上がり、先ほどの狼くんと同じくらいか、それ以上の嬉々とした顔で盛大にガッツポーズをした。
「……っやったあぁぁぁぁ!やったぞロウ!今日から私たちはサヴェンティアリ様の補佐として生きていける!これ以上の喜びがその世に存在しているのだろうか?!」
「ウォォォンッ!」
「いや、さすがに喜びすぎじゃないですか……」
本当にわからない人だ。でも、正直言うとエリカと繋がれて嬉しいし、強力な味方をゲットできたのだと考えると浮き足立つようだった。
「……かたじけない。改めてにはなりますが、サヴェンティアリ様。これから補佐としてよろしくお願いします。あなたに忍び寄る悪意は私どもが徹底的に潰してやりますので」
エリカはスッと冷静になると、わたしに手を差し伸べた。あ、握手ということだろうか。意識していないのに胸が痛い。
「はい。わたし、きっと迷惑ばっかりかけると思います。だけど、支えあっていけたら、いいです、ね?」
「……っはい!もちろんですサヴェンティアリ様!」
少し照れたように声を張り上げるエリカを見て、ついわたしも目を逸らしてしまった。いやいや、本当に現実味がなさすぎる。どうしたらいいというんだろう。確かにエリカがいるかいないかで楽しさは大きく変わるけど、こんな人がわたしのそばにいるのは精神的に辛い。もたないかもしれない。
「サヴェンティアリ様、私は早速何をすればいいでしょうか?!」
「えっ、えっと……。あ、そうですね、その狼くんとエリカさんの関係といいますか、どういう風に一緒に生きているんだろうなって思っていて。だから、詳しく話を聞きたいなと」
わたしが目指しているのは、ネクターの言葉を借りると、『復讐の精』による無駄な犠牲をなくす、ということだ。そして、『復讐の精』に伝える。「一人じゃない」と。もっと欲張るならば、『復讐の精』のことをもっと知りたいし、分かりたい。『復讐の精』の悲しみを少しでも和らげてあげたい。……わたしにできることではないかもしれないけど、そのためにはまず、精のことについて知る必要がある。わたしは今までお父さんから話を聞くくらいで、精の情報はないに等しい。『復讐の精』と『祝福の精』のことだって、世間がそう言っているからなんとなく知っているだけで、よくよく知っているとは言い難い。そのことを言ったら大体の人は怪訝な顔をするけど、だってそうだろう。精は身近にいるものじゃないし、知らなくても仕方ないんじゃないかと思っていた。
でも、エリカの話すことは違った。
「もちろんです!この子の名前はロウといいます。ロウは例外的ではありますが、私の精、というべきですか。人々にひとりは精がいると言われていますからね」
「……?一人に、精がひとり?」
「ええ。それが私はロウ、だった……。ということです。サヴェンティアリ様にも精がいると思うのですが」
わたしの頭の中はこんがらがって大変なことになっている。どういうこと?今までわたしは人と関わってこなかったわけじゃない。ママとだって話したし、友達とだって話した。その姿を見た。でもそこに精はいなかった。
「わたし、人に精がいるって、知りませんでした」
エリカの口が小さく開かれる。
「では、サヴェンティアリ様に精はいない、ということですか?」
「そう、です。わたし、生まれてから一度も精を見たことがなくて、ロウくんのときには既に友達から精関連の話を聞いていたのでそれかな、と思っただけで」
「……ほう。そんな人がいたとは」
エリカは興味深そうに顎に指を添えると、「でも」と呟いた。
「今まで出会ってきた人の中でそのような人はいない……。実際に精を見せてもらったわけではありませんが、存在はみなさん知っていたので、サヴェンティアリ様は例外、と考えることもできますが、可能性は低いです。それよりもあると思うのは」
少し考えてエリカが続ける。
「『精はいるが、まだ出会えていない』というケースですかね。精は基本的に主の近くにいて、危険から守ってくれたり、心の支えになったりしてくれるのですが、まれに主と精が遠く離れてしまうことがあります」
「そうなんですか」
「はい。なので、サヴェンティアリ様はその場合なのかと」
そうなんだろうか……。いや、そう思うことにしよう。それにしては精を見ていなさすぎるのが気になるところだけど。だって、人のそばにいるんだったら目につくはずではないか。それともなんだろう?精は透明になったりするのだろうか?人が意図的に隠しているものなのだろうか?なら、何で隠す必要があるんだろう。
「……」
エリカは気まずそうに口をつぐんだ。たぶん、わたしの疑問があからさまに顔に出ていたんだろう。
「あ、ごめんなさい。別にエリカさんを疑ってるわけじゃないんです。ただ、わたし、あまりにも精のこと知らなかったんだなって思って」
「……まぁ、そうでしょうね」
「?」
エリカは遠い目でロウを見ると、浅くため息をついた。
「気にしないでください。人々はあまり精を見せびらかすようなことは好まないんですよ。無礼な行為だと認識されているので、普通はお留守番ですね」
「え?なんでですか?別に危害を加えなければ大丈夫なんじゃ……」
「そうなんでしょうけど、この世のどこかには危害を加える精もいるわけですよ。その代表が『復讐の精』といったところ。今現在ならなおさら、精を恐ろしく思う。だからですかね。最近はあまり精を見ない」
「なら……不謹慎なことききますけど、何でエリカさんは、ロウを連れているんですか?その見た目なら怖がる人も多いと思いますし……」
空気がピリついたとが肌で分かった。よくない質問なのは分かっていた。初っ端からエリカの根幹に関わるかもしれないことを尋ねるのは無礼だと。だけど、わたしの目的はあくまで『復讐の精』であって、エリカと仲良くウハウハすることではない。目的のためなら手段を選ばない、冷酷な人間になってしまったようで怖かった。実際もうなっているのかもしれない。
わたし、きけることは全部きく。やれることは全部やる。
そう、きめたんだ……。
「すみません。サヴェンティアリ様。補佐だというのにくっちゃべってしまって。ロウは……私が手懐けられるものじゃないんです。精というのは意外にも近くに存在していて、意外にも力を持っている。人の全てを奪い去ってしまうくらいには」
「……でも、ロウはエリカさんのこと本気で心配していたと思いますし、いい関係を築けていると思うんですけど」
「そうですか。ありがとうございます。昔は酷かったんですよ、毎日毎日傷だらけで、ゆっくり眠れもしなかったんですから」
何となく話題に気づいたのか、ロウはわたしたちの間をすり抜けると、エリカのひざに顔をうずめた。
「なんか、すごい意外です」
「今はこうやっておとなしくしてくれていますけど、またいつ暴れ出すか分からないもので。あまり安心はしていられませんね」
ふぅ、と小さく息を吐くと、エリカはロウの頭をなでて身なりを整えた。
「さて、サヴェンティアリ様、私に望むことは何でしょうか。なんなりとお申し付けください」
「そのこと、なんですけど、わたし、今仲間集めの真っ最中なんです」
「?仲間集め、ですか」
エリカはキョトンと首を傾げた。
「そう。その……わたしとその友達で、考えている計画があるんです。話すのも恥ずかしいくらいなんですけど、『復讐の精』に会って、暴走を止めるっていう。もちろん、わたしたち二人だけじゃどうにもならないので、そのだめの仲間を増やしたいな、と思ってたんです。だから……無理なお願いだというのは分かっているんですけど」
「私もついて行っていいですか?!」
最後まで言い終わらないうちに、エリカが身を乗り出して言った。一つに結んだ後ろ髪がふわりと宙に舞う。
「え?いいんですか?そんな簡単に……」
「いいに決まってるじゃないですか!?というかですよ、旅ですよね、冒険ですよね!?さいっこうにワクワクするじゃないですか!しかもサヴェンティアリ様の助けにもなれる!」
何だこの人……。ちょっとは迷ってくれないとこっちが不安になる……。いや、すごく嬉しいんだけど、あとで後悔させたら嫌だし……。
「私はもちろんお供しますよ!サヴェンティアリ様!」
でも、この人は、こういう人だ。
「……ですよね!」
もういっそ割り切って、いつものわたしには似合わない言葉を使う。こんな女王様みたいに扱われることなんてこれが最初で最後なんだろうから、この時を満喫しようじゃないか。
「はい!私はエリカ・ヒーマリス!サヴェンティアリ様の補佐なるもの!いつなんどきもサヴェンティアリ様のお力になれるよう努力いたします!」
いたって真剣なまなざしがわたしに向けられているのは変な気持ちだ。
恥ずかしくなって、また目を逸らした。
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