第3話 そこにいたのは

 ネクターから「復讐の精の脅威からみんなを守りたい」と誘ってきたというのに、当の本人は信じられないような顔をしていた。わたし、結構勇気出して言ったんだけどな……。

「えっ、それってふざけて言ってるわけじゃないのか?」

「こんなところでふざけられないよ。ネクターは本気なんでしょ?ならわたしも同じだよ。それに、わたしは『復讐の精』に伝えなきゃいけないこともあるから」

 聞こえがいいことを言うのはなんだか恥ずかしい。でも、ネクターはわたしの言葉を聞いて深く頷いてくれた。

「そうだよな。フェリシアだもんな。嘘なんて言わないよな……。ほんとにいいんだな?この旅はのほほんとしていられるもんじゃない。考えたくないけど、死ぬってこともあるかもしんねぇ。それを覚悟して、言ってるんだな?しかもだぞ、どこに行くか、何があるかわかんねぇんだ。どうすれば『復讐の精』をこr……落ち着かせられるか見当もつかないんだ」

 ネクターはそんなことを自信なさげにつらつらと並べた。わたしも無茶な話だと思う。何もわからないまま旅をするなんて、自殺同然だ。無駄死にするのがオチだろう。

「それは分かってるよ。危険だけがウヨウヨある。わたしたちが望んでる未来に辿り着くのは多分一パーセントもない」

 ネクターが目を伏せる。

「だけど、それが冒険ってものじゃないの?」

 視線だけがわたしに向けられた。わたしもよくこんなことが言えるものだ。何様だよ、と突っ込みたくなるのはとりあえず置いておいて、わたしなりの意見を伝えなければ。

「結果が分かってる冒険なんて冒険じゃないよ。目的を達成できてもできなくても、わたしたちはきっと今までと違う景色を見られる。みんなを安心させたい、楽にさせたい。『復讐の精』の真実を知りたい。……。そう思うこと自体が、もう冒険だと思うんだ。始まってるの。わたしたちの、無謀な旅は」

 クサいセリフだったかな。言い終わってますます恥ずかしくなった。今すぐに穴を掘って隠れたい。そのまま逃げてしまいたい。

 でも、その隙はなかった。

「フェリシア、おまえいいこと言うじゃん!」

 ネクターが目をキラッキラに輝かせてそう言ったから。

「へ?いやっ、キモくなかった?!」

「どこがキモいんだよ!名言だぞ、名言!俺感動しちゃったじゃん!ありがとな!」

 ネクターはほとんど強引にいいくるめると、そのままのテンションで言った。

「そうと決まったらまず準備しないとな!フェリシア、できるだけでっけぇリュックにありったけの食糧とか、着替えとか、防寒具とか詰め込んでおいてくれ!まぁ、一週間くらいは生きられる量がいいな。そっからはまた今度考えよう!いろんな人に話しまくったら親切な人もそりゃいるだろ?その人に養ってもらおうぜ!」

「えっ、早。そんなうまくいくものなの?」

「なんだよー、フェリシアが行こうって言ったんだろ?行動は早いに越したことはないからな!」

 そうだけど……。本当にネクターの行動力には驚かされる。しかも一週間分の食糧が必要なのか。家にそんな量あったかな。

「でも、明日出発とか言われてもさすがに無理だからね?準備期間は用意して」

「おう!俺も明日って言われたら無理だ!だから、うーん……。二週間後に俺ん家に来てもらって、最後の確認だ。それで、ハイリスクローリターンの旅を始める。これでいいか?二週間後もなかなか酷だけど」

 苦笑いしながらネクターが言う。あまりに出発が早すぎるのも気持ちの準備ができなくて困るけど、下手に間延びするよりはいいだろう。気が引き締まる。

「いいよ。頑張って準備するし、ちょっとしたアテも見つけておく」

「おお!それはマジでありがたいぜ!よろしくな!……。いや、俺も俺で情報収集しとかないと。フェリシアに頼りっきりじゃ情けないからな」

 屈託のない笑みで言うと、ネクターは改めてわたしに向き直った。

「本当に……ありがとうな。こんな頼りねぇ俺の話にのってくれてさ。何回も言うけど、これは危険な旅だ。もし辛くなったり、嫌になったらいつでも諦めていい。でも、できるだけ俺も頑張る。だから、フェリシアも頑張ってくれ。俺はフェリシアを信じる」

 ネクターはこんなことも言えるのか。ちゃんと人を信じられる。人のことを気にかけられる。励ますことができる。

 ネクターは真剣な顔から、またいつもの優しい癒し系の顔に戻ると「さて」とつぶやいた。

「フェリシアも準備があるだろ?今日はこれで以上だ。わざわざありがとな!」

「いや、大丈夫だよ。ネクターの話聞けてよかった」

「ホントか?なんか嬉しいな」

 すると、照れ臭いのか、ネクターは玄関に置いてあったリュックをあさりながら「じゃあな」とぶっきらぼうに吐き捨てた。

「また、二週間後」

「うん。またね」

 そっけない挨拶をして、ネクターの家を後にした。

 わたしの家は目と鼻の先だから、何の問題も起こり得ない。すぐに家に辿り着く。

 はずだった。


 ウォン!アォォォォォォォン!




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