第10話 仕事漬けの日々

 結局、私は風間博さんと結婚することは無かった。

 

 私の両親は、風間さんとの結婚にとにかく大反対で、彼のプロフィールを聞くなり会おうともしなかった。私の父は某大手企業の重役で、母はそんな父と見合い結婚をしたいいところのお嬢さんで、二人とも極端に世間体を気にするタイプだ。父は外で適当に浮気をしていて、母も私のカテキョをつまみ食いしたりしていたくせに、こういう時だけは意見が合う。

 それならば実績を作ってしまえと、勘当同然に家を出て風間さんのところに転がり込んだ。孫の顔でも見せればとノーガードでやりまくった結果、彼のエッチはそれなりに上達したものの、結局つばさくんの弟を授かることは無かった。


 黒須パイセンはなんと八神真純園長の妻の座をゲットした。やはり持つべきものはダイナマイトバディである。

 そして、彼女はいわゆるあげまんだったようだ。すっかり女癖が治った真純さんは、グループ全体の副理事長兼事務長として経営手腕を発揮するようになった。父の跡を継いで理事長になる日もそう遠くないはずだ。

 黒須パイセンは夫から園長を引き継ぎ、彼女の下で私は保育主任を任され、さらに日々の業務に加え、幼児教育専門のコンサルティング会社という新規事業の立ち上げにも参画を求めらた。

 目が回るような忙しい毎日に、帰宅時間は遅くなり、風間さん父子と生活がすれ違うようになった。小学校低学年という多感な時期に、私はちゃんとつばさくんのそばにいてあげることができなかった。


 得てしてそういう時に落とし穴はあるもので、あのことは魔がさしたとしか言いようがない。業務で遅くなり、遅い夕飯を取るために入った駅前の店で声をかけてきた男と、私は関係を持ってしまった。一回限りのつもりだったが、これが淫魔のようにセックスがうまい奴で、それは向こうもそう思ったようで、結局忙しい仕事の合間を縫って二回、三回と逢瀬を重ねてしまった。


 やがてそれは博さんの知ることになった。彼は怒らなかった。

「君の好きにすればよい」と、網にかかった小さな魚を海に放すように、そっと私をリリーズした。

 男とはすぐさま完全に別れた。博さんとは、そしてもちろんつばさくんとも別れたくはなかった。だけど私の落ち度で彼のことを傷つけてしまったことは紛れもない事実だ。ここはしばらく距離を置いた方がいいかと、私は風間さんの家を出て保育園のそばに部屋を借りた。

 その後も仕事漬けの日々が続き、忙しさに紛れて、私はに彼のもとに帰るタイミングをなかなかつかめないまま、月日だけが流れていった。

 

 気が付くと風間さん親子と出会ってから十年が経っていた。


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