CASE4 - セイヤーズ

 DCC霊能対策局医務室前。

 床の白いタイルに、天井に並んだ蛍光灯の光が鈍く反射する。

 時計は午後3時を回っていた。ドアからジャケットを背負い持ちアルバートが出てくる。デイビッドは窓の外に降り注ぐ大雨を背景に、その前に立っていた。その手には一冊の書類。


「待たせたな。そいつが例の……」


「はい――」


「セイヤーズ家の過去についてです」



―――



 時は少し遡る。赤信号を前に止まった車両の中にはスラッシュメタルと雨の音だけが響いていた。

「ってアルバート……! 真面目に聞いてりゃそりゃどういうことだよ!」

 振り向いたエドが大声を出し、後ろの二人は耳を塞ぐ。

「声がでけえな! 言葉の通りだよ! つか前見ろ! 前!」

 アルバートの言葉に渋々正面を見ると、車間距離が大分詰まっていたので慌てて急ブレーキする。後部座席組は気が気でない。

「えー、お前らの担当は南地区のサウスサイド……バックパッカー?」

攫い魔キッドナッパー

「そうそれ! だろ? その誘拐されたガキと同じ顔たぁどういうことだよ」

「それを今話してんだよ」

 呆れて目を細めるアルバートに苛立ち、ミラー越しに睨み付ける。デイビッドは猛獣の檻に入れられた気分でビクビクしていた。

「お前怪我人の癖に偉そうだなあ、下ろされてえのか?」

「やってみろよ」

「ちょっと、やめてくださいよ……!」

 新人に間に入られて情けなさを感じたのか、二人は怒りを抑えて沈黙した。

 気まずい沈黙に耐えれず、咳払いをしてアルバートが話を本題へと戻す。

「……二人揃って見間違えたなんてことが無ければ、あれは確かにソフィア・セイヤーズの姿だった。あれが南地区の攫い魔サウスサイド・キッドナッパーでなくとも今回の事件に関係することは明白だ」

「顔はソフィアさんでしたが、顔半分が火傷を負ってました」

「それも気になる。考えられる可能性は……」

 痛む腕を抑えながらアルバートは車の外を見る。いつの間にか対策局のすぐ近くまで来ていた。

「そっくりな人間は三人居るって言うからなあ。たまたまそっくりさんだったんじゃあねえか」

「おい、こっちは真面目に話してんだ――」

 アルバートは続く言葉を引っ込めて顎に手を当てた。

「いや……そうか、有り得るな」

「おお!? 予想が的中か!」

 エドがハンドルを叩いて喜んだが、アルバートの脳裏に浮かんだのは勿論違う答えだった。デイビッドも何かに勘付き目を見開く。

「すまん、そういう訳じゃない。訳じゃないが……俺の中で一つの仮説が浮かび上がった。結論付けるにはまだ早い。俺達はまだ事件前後の詳細しか目を通していないからな」

 朝早くから現場に行きその後は事情聴取。そして昼食時に悪魔の目撃情報があり戦闘に。アルバートの言う通り、彼らには被害者の詳細な情報までまで目を通す時間は無かった。

「ということでデイビッド。俺が治療を受ける間にあの家の過去を洗いざらい調べてくれ」

「セイヤーズ家の過去を……ですか?」

「ああ。頼んだぞ」

「お前ら、それ何の話してんだ?」

 気が付けば対策局の駐車場前。エドは完全に蚊帳の外だった。




 時は現在へと戻る。

 対策局内のとある部屋には他の捜査官は居ないようで、窓の光のみが照らしており非常に薄暗い。スイッチを押すと、質素かつ物の詰まったオフィスを蛍光灯が照らした。アルバート達は捜査課のオフィスに戻ってきていた。整然と並んたデスクには仕事関係の書類が並べてあり、各々の性格によってその様相は違っている。本棚にはビッシリとファイルや参考文献が詰まっていた。デイビッドがデスクに並べた新たな捜査資料をデスクライトで照らし、アルバートは呟く。

「仕事が早くて助かる。中央図書館のデータベースまで調べてもらって申し訳無い。予想は当たってたな……最悪の形で」

「はい……まさかこんな風に……」

アルバートは車の中で『まだ事件の詳細しか目を通していない』と言っていた。更に前の話に重要な手掛かりがあるとしたらどうだろうか。そこにあったのは、二年前の新聞のコピーだった。

「あの話でクーパーさんが気が付いた理由が分かりました。顔が同じ人間が三人居るだとかなんとか……」

「ああ。だが俺の頭に浮かんだ可能性は数十億分の三の赤の他人の話なんかじゃない。低確率には変わりないが、もっと現実的な話だ。約0.4%の確率でそれは起きる」

「一卵性双生児が産まれる確率、ですよね」

「ご名答」

 アルバートはデイビッドを指差した。

「現場にあった写真、奇妙だとは思ってましたが……まさか……」

 彼はセイヤーズ家にあった写真はやたらと娘の写真が多かったのを思い出した。アルバートは腕を組み話を続ける。

「ああ、正にそこが問題だった。普通なら最初から分かる筈。しかし俺達が知らなかったのには原因がある。車の中で言った通り俺達は事件の前後しかあの家のことを知らない。なら、ニ年前既に――」

 アルバートは新聞の一つを指差す。

『シカゴ郊外、エヴァンストンにて放火被害』と見出しがあった。続く文面をなぞる。


『1995年10月2日、エヴァンストンの住宅で強盗・放火事件が発生。犯人は犯行翌日にシカゴ市警に逮捕された。火は消防隊により早急に鎮火されたが児童一人の死亡が確認された。犯人は家宅に侵入し美術品を盗もうとしたが、住民に発見され暴行を加えた。証拠隠滅の為に放火したと供述している』


 記事の写真の中では、広々とした邸宅が燃え上がっていた。


「――亡くなっていたとしたら?」


アルバートの指が止まる。


『被害に遭った児童、・セイヤーズさん(12)は消防隊によって救出されたが、二酸化炭素中毒による死亡が確認された』


 そこには、ソフィアの姉妹であるオリヴィアの死の顛末と顔写真が書かれていた。ソフィアは現在14歳であり、丁度ニ年前のこの記事の頃はオリヴィアと同じ12歳だ。背景の深刻さを知ったデイビッドの表情は暗かった。

「この記事を見つけた後にデータベースを確認しましたが、やはりオリヴィアさんはソフィアさんの双子の姉でした。そして分かったことがもう一つ。現場の写真にあった焦げ跡……あれらは火災の中で無事だった写真だったんです」

「ああ……似たような写真と思っていたのも全てソフィアだけではなく双子の写真だったってことだ。俺たちが見た悪魔はオリヴィア・セイヤーズの魂が穢れて顕現した物。そしてソフィアを攫ったのもオリヴィアだろう」

「俺はそこが分かりません。まず同一の悪魔だと見て間違い無いと思いますが……何故ソフィアさんを攫う必要があるんでしょうか? 何より、自らの父を殺したことなる」

「そうだな。この犯人は死刑執行済。身辺者を皆殺しにしようって訳じゃなければ、復讐はまず動機としてあり得ない。南地区の攫い魔サウスサイド・キッドナッパーの一連の行動には一貫した目的がある筈だ」

 アルバートの言う通り、一週間後の新聞記事に判決の詳細が書いてあった。死刑は確定しており1997年現在この犯人はこの世には居ない。アルバートは自身のデスクへと戻ると、煙草に火を付け煙を蒸した。

「悪魔が手負いかつソフィアが存命している可能性が高い今の内に手を打ちたいが、奴の目的を見誤ると面倒なことになる。どうするのがベストか……」

 神妙な顔で煙の先を見つめる。そんな中、オフィスに向かう足音が一つ。

「サンチェスくんから電話で報告があった。お前ら、手掛かりを掴んだらしいな」

「主任。戻ったか」

 ドアを開けたのは主任捜査官のキース・ニコルソンだった。キースは自身のデスクにジャケットをかけると、並べられた資料を見に来た。

「なるほどな……こう繋がってた訳だ」

「丁度良い。情報を整理しよう」

 アルバートは煙草を灰皿に押し当てると、ホワイトボードの前に立ちペンのキャップを外した。

南地区の攫い魔サウスサイド・キッドナッパーがオリヴィア・セイヤーズだと仮定した上で話すぞ」

 あくまで仮定だということを念頭に置いた。ホワイトボードに小気味の良い摩擦音と共に文字が書き込まれていく。やたらと上手い似顔絵付きで。

「似顔絵上手いですね」

「真面目に聞いてくれ」

「すみません……」

 アルバートは舐めている訳でもふざけている訳でも無く、分かりやすくする為に大真面目に似顔絵を書いていたようだ。その証拠に毎度聞いているキースはノーリアクションで聞いている。

「ニ年前の今日。オリヴィアが殺害される。犯人はその後死刑執行済。そして今日の深夜。オリヴィアが実父を殺害後ソフィアを誘拐。この時実母に目撃されるが顔は見られていない。後から判明したが、被害者のスティーブンの退職の原因は鬱病とそれに伴うアルコール依存症だった。以前は美術館のキュレーターだったらしい」

 デイビッドは、現場に酒類のゴミが大量にあったのを思い出した。言われてみれば、あの体型はアルコール依存症によるものだと分かる。

「早朝。俺たちが現場を見に行く。遺体を除けば証拠らしい証拠は部屋から写真が無くなっていたことぐらいだな。」

 一箇所だけ埃が被っていない箇所があった。母は見に覚えがないと言っているが悪魔が持ち出した可能性は高い。

「昼、オリヴィアがジェリーズ・ダイナーから食料品を盗む。後で無くなった在庫を確認した所全て缶類だった。店員に目撃され負傷を追わせる。そして俺達が接触、その後逃亡」

「これで全部か」

 キースの言葉に頷く。

「ここから考えられる仮説。南地区の攫い魔サウスサイド・キッドナッパー改めオリヴィアの目的は何か……」

 全員が各々の思考を巡らせ、暫し沈黙が流れる。時計の針と雨の音だけの静寂。

 最初に口を開いたのは、デイビッドだった。

「あの……」

「何か考えが?」

 キースは自身の椅子に座り腕を組んだ。このような場面での新人の発言には経験上あまり期待していないが、新たな発見を望んでいた。アルバートはホワイトボードの前でデイビッドの方に身体を向けた。

「勿論只の仮説に過ぎませんが、一つ浮かび上がりました。それは――」


 ――二人はデイビッドの仮説を聞いた。

「……俺も色々と考えたが一番説得力のある仮説だった」

「確かに有り得るな」

 二人は深く頷く。デイビッドも二人に目配せして頷いた。

「班長。ヘレン・セイヤーズは今何を?」

「また取り乱してる。取調出来る状況ではないな」

「チッ……なるほどな。嘘か本当かは知らないが娘を庇うつもりのようだ」

 アルバートは操作資料の中から写真を手に取った。

SEHNERVセネーフシステムが市中を見廻ってるが、今の所オリヴィアらしき悪魔は検知出来ていない。一先ず俺達が行くべきはエヴァンストンの住宅街。……旧セイヤーズ家だ。そこで新たな手掛かりを探す。もしかすればオリヴィアもここに来ているかもしれない。SEHNERVセネーフの『目』も連れて行く」


 ホワイトボードに叩きつけられた写真。そこには廃墟となった邸宅が写っていた。

 


――



 夜の風を受けながら、夜の住宅街を走る。デイビッドは振り落とされないようにアルバートの肩を掴んでいた。バイクは二人の他に重厚な黒いケースに包まれた2つの積荷を両脇に載せていた。アルバート達は訪れたこの場所の名前は、エヴァンストン。

「見えて来たぞ」

「あれが……!」

 林に囲まれた路地に廃墟が見える。現在は市の管理下にあるが、ニ年間手入れは全くされていない様子だった。周囲に人の気配は無く、遠くに聞こえる車のエンジン音以外には雨の音しか聞こえない。

 二人は雨を凌ぐ為に対策局員用の黒いコートを着ていた。

 廃墟の前に停めたバイクにヘルメットを置きフードを被る。デイビッドは懐からプラスチックバッグに入れた写真を取り出した。写真より更に荒れてしまっているが、間違いない。

「ここがオリヴィア・セイヤーズの生家であり、ついの住処……」

「そうみたいだな。捜査許可は主任が交渉してくれてる。行こう」

 表札のセイヤーズの文字を確認すると、二人は邸宅の中へと足を踏み入れた。二人はフードを脱いで懐中電灯を付ける。居間に入ると、焼け焦げた跡と風雨で散乱した様子が確認出来た。吹き抜けの天井も少し崩れており、そこだけ雨がポツポツと降り注いでいた。

「かなり散らかってるな」

 外からも分かったが、現在セイヤーズ家が住んでいるアパートの部屋よりもずっと広い。昔のセイヤーズ家はそれなりの富裕層だったことが伺える。


 デイビッドは一階を、アルバートは二階を探す事になった。


 老朽化した階段はギシギシと音を立てて軋む。一応手すりを掴むが心許なかった。二階は火元の一階から離れているからかあまり損傷はない。各人の部屋と寝室、倉庫があった。

 両親それぞれの部屋は放置され散らかってはいるが、元々は整理整頓がしっかりなされていたようだ。精神的に追い詰められるまでのスティーブンは几帳面な性格だったことが伺えた。しかし、家具以外の大抵の物は新たな家へ持ち運ばれており直接的な手掛かりになる物は一切無い。

残るは子供部屋と倉庫のみ。

 子供部屋も他の同じく、家具以外は全て持ち運ばれたのか閑散としていた。懐中電灯で照らされた蜘蛛の巣が光を白く反射する。くまなく探すと、机の脇に何かがあった。

「これは……」

 少しくすんでいるが、二足のバレエシューズが立て掛けてある。何故置き去りにされているのだろうか。

 顔を上げると、机の上に一個の写真立てが伏せてあるのが見えた。埃を払うと、バレエ団の集合写真だった。同じ顔の二人が並んでいる。ニ年前のソフィアとオリヴィアだ。彼女らがバレエをやっていたことは流石に知らなかったが、捜査に関係が無いと思いそのまま伏せ直す。


 倉庫は二階の端に面しており、天井は屋根の関係で斜めになっていて少し圧迫感がある。空の額縁や使わなくなった家財などが焼け落ち、瓦礫の山となっていた。

 何も手掛かりは得られそうにないと思いつつくまなく懐中電灯で照らしていると、光が何かに反射したのに気が付いた。

「……なんだ?」

 アルバートは反射した辺りにもう一度懐中電灯を向ける。

「これは……」

 そこにあったのは金庫だった。既に開けられており、中身はがらんどうになっている。厳重に保管されていたのか、周りには錠前の付いた鎖が落ちていた。

 ここから何か盗まれたことが予想出来た。新聞記事の続きによると盗品は海外へと売却済らしく、足取りを追えないままだったそうだ。しかし、ここまで厳重に保管するような美術品が何故ここにあったのだろうか。

 その時、一階から何かが聞こえた。デイビッドの声だ。アルバートは疑問を頭の片隅に置きつつ、倉庫を後にした。

「クーパーさん。これを見て下さい」

 キッチンの床には開封済みの缶詰が、テーブルには開けっ放しの救急キットとその中身が置いてあった。

 包帯は使われた形跡があり、縫合用の針は血がべったりと付着していた。悪魔は霊力を補給することで回復することを知らないのだろう。血痕は裏口へと続いている。

「ここに逃げてきていたのか……!」

「血から感じる霊力はまだ新しいです。付近に潜伏している可能性があります。クーパーさんを呼ぶ直前に応援を要請しました」

「つまり……」

「はい、付近に悪魔が――オリヴィア・セイヤーズが居ます」


 二人は息を呑む。手から汗が滲んだ。


 戦いの予感にアルバートの傷は疼く。


 デイビッドは、これから起こる戦いに正義はあるのか今一度自分の心に問い掛け、その拳を握った。

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