1章

またヤッてしまうフラグが。

「ふう……今日は終電に間に合った」


山手線の終電にギリギリ間に合った。

それにしても、今日は大変だった。

全然仕事に集中できなくて、ミス連発した。

おかげで、パワハラ上司に怒鳴られる始末……

でも、不思議とメンタルは大丈夫だった。

どんな嫌味や罵倒も、昨日の幸せな瞬間を思い出すと、ダメージ0だ。

仕事中、何度もアレが大きなりそうになったぜ……


俺は電車を降りて、帰り道にあるコンビニへ寄った。

現実を忘れさせてくれる缶チューハイ、ストロングゼロを買う。

今日は一杯飲んでから寝るか。ぼっちで。

はあ……家で待っててくれる人がいたらなあ。


アパートの階段を上がると、


「うわ!津島さん!」


俺の部屋の前で、津島さんが座り込んでいた。


「ミナトン……うわぁぁあああぁああん!」

「おわ!」


津島さんがぎゅーと俺に抱きついた。


「ミナトン、会いたかったじょぉぉぉ!」


俺の胸の中で泣じゃくる。

OH!柔らかいものが当たりまくるぜ。

もうすでに大きくなりそうだ。

いやいや……そんな場合じゃないって。


「ど、どうしたの?まさかここでずっと待ってたんじゃ……?」

「ミナトンのこと、ずっと待ってた」


もう11月だ。

夜はかなり寒いのに、長い間、外で待ってるなんて。


「風邪引きますから、とりあえず中へ」

「ありがとう……」


津島さんは、俺にぴったりとくっついたままだ。

俺たちは抱き合ったまま、部屋へ入った。

電気をつけて、津島さんを座らせる。


「何かあったの?」

「オーディション、落ちゃって……」

「オーディションって?」


まさか、津島さんって女優なのかな?

すげえかわいいし美人だから、有り得なくもない。


「私……実は声優を目指していて、アニメのオーディション受けてたの」

「声優さんなんだ」

「あ、まだ全然素人だから……」


津島さんはうつむいてしまった。


「今日、絶対に出たかったアニメのオーディションの結果が出て……ダメだった。私、何度もオーディション受けてるのに、全然ダメで。専門学校の同期は、どんどんデビューしていってるのに、私だけ……」

「そうだったんだ……」


昨日の天真爛漫で、エロかった津島さんと違う。

すごく落ち込んでる。

なんとか、元気づけてやりたい。


「なんのために、津軽から東京へ出てきたのか、わからなくなってさ。もう夢なんて見ないで、津軽に帰ればいいのかなーって……」


夢か……。

ブラック企業に飼い慣らされた俺には、ほど遠い言葉だった。


「でも、諦めたらきっと、退屈な毎日が続くだけなんだろうなって……そう思うと、怖くて、どうにかなっちゃいそうで、そしたらいつの間にか、ミナトンの部屋に来ていて……」

「大丈夫だよ。次があるさ。ミツキンにふさわしいチャンスが、きっと来る」


「大丈夫」・「次がある」・「チャンス」

……こんなに無責任な言葉が、自分の口からスラスラ出てくるとは思わなかった。

でも、他になんて言えばいい?

「君は才能ないんだよ」って、厳しい現実をドヤ顔で突きつければいいのか。


いつしか俺は、自分が嫌いだった小賢しいクソな大人になってしまった。

純粋に夢を追いかけて挫けそうになっている津島さんを見て、俺は自分が恥ずかしくなった。


「迷惑だよね……全然知らない女にこんな重い話されて」

「そんなことないよ。ミツキンと話すの好きだし」

「す、好き⁉︎」

「あ、いや、そういう意味じゃ……」

「……ミナトン。もうご飯食べた?」

「まだだよ」

「なら、何か作るね。また迷惑かけちゃったし!」


津島さんは、パっと明るい笑顔になった。

昨日買ってきた向日葵のエプロンをつけて、キッチンに立った。


「あ、でも悪いから」

「いいのいいの!ミナトンは座って待ってて!」


……そう言えば、もうとっくに、終電はなくなっていた。

おいおい、っていうことは今夜もまさか。





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