第15話 教授のアドバイスと、父親の願い

 ここで堀田教授が、仕事と学問を絡めたアドバイスを送った。


 いえいえ、礼には及びませんよ、岡山さん。

 学問と言えば御大層にも聞こえましょうが、あなたのお仕事とまったく一緒でしてね、どんな分野でも、一定以上の勉強量をこなさないと、力はつかないものです。

 そりゃあ、才能のある天才もおるにはおりますが、それはあくまで例外です。

 私も石村君も、天才なんかじゃありません。

 正直なところ、秀才と呼ばれるのもおこがましいほどです。

 強いて言えば、石村君の方が私よりは秀才かもしれません。


 石村君はね、物理学という学問に向かう者として必要な勉強の量を、得意の実験を徹底的に取組むことと、苦手な計算を先輩方に頭を下げて必死に学ぶことで、こなしていました。

 娘さんがされている経理のお仕事も、そこは一緒ではないですかね。

 拝見していて思いますが、清美さんは、石村先生を軽くしのぐほどの努力家です。

 早晩、お父さんの後を継いで社長の仕事も務まるようになられるでしょう。


・・・ ・・・ ・・・・・・・

 

「いやあ、堀田先生のご意見に、私も、全面的に賛成です」

 年長の教授が、目の前の水を飲んで、一言述べた。


「堀田先生、佐藤先生、この度はどうもありがとうございました」

 父親は、それだけの言葉を発するのに精一杯になっていた。

 両教授は、店内の人々に一通りあいさつし、店を出ていった。

 意を決した岡山氏は、下川・本田両夫妻に、自らの意向を述べた。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 まず、下川さん、親らしいことをせん上にその上塗りをやらかすようでして、大変申し訳ありませんけど、あと1年程度、うちの娘をお願いできませんでしょうか。

 確かにこの春、あと2週間もせぬ間に高等学校は卒業となりますが、今、大阪の街に連れ帰るのは、本人のためにもならんのではと、どうも心配でならんのです。

 これで清美は、この3月の卒業式以降、いや、それをほぼ待たずして、実質的にはもうすでに、夕方以降学校に通う必要はなくなっております。

 朝から晩まで、その気になれば夜までしっかり働こうと思えば働けるし、幾分、休みもとれましょう。

 それは確かに慶賀に堪えんのですが、せめてあと1年、まあ、長くても2年ほどで結構です。

 どうか、おたくの方さえよければ、娘を、どうかよろしくお願いいたします。


 それから、本田さんの方にも、どうかお願いしたい。

 私は先ほどから清美の接客ぶりを見ておりまして、確かに、2年前に比べて格段に上達していると思います。

 ですが、もう1年かそこら、お願いできないものでしょうか。

 学校の枠から外れて、羽目を外させないためにも、この先1年か2年が、この子の勝負所になりはせんかと。

 仮にあと1年こちらでお世話になるとすれば、中学卒業後5年、高校と短期大学を通常の期間で修了したのと同じ時間をこの地で過ごしたことになりましょう。

 それだけ修行できれば、この子がお世話になった岡山の街への恩返しも十分できたことになりはしないかと、そんなことを思っておるのです。

 せめてもう少し、この子さえよければ、修行させていただけんものでしょうか。


・・・ ・・・ ・・・・・・・

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