第14話 ようやく、意を決した父親
実は、私ら年長の院生や助教授の先生方にとっても、彼は、あの研究室において本当に欠かせない「戦力」でした。
石村君が幼馴染の奥さんと結婚したときは、研究室のみんなでお祝いさせてもらいましたよ。ただね、戦死した弟さんも、その奥さんに思いを寄せていたと聞きましてねぇ・・・、ちょっと、手放しで喜べないところはありましたっけ。
彼は後に大学院に進んで、それから立命館大学に招かれて、今や教授になっていますけど、学生さんらに、しっかり実験させておられるようですな。
先日京都の学会で石村さんにお会いしたところ、こんなことをおっしゃっていましたよ。
「事実に基づき、それをきちんと理論に落とし込む。物理学においては、実験こそがその一歩です。すべては、そこから始まるのですよ」
石村先生は何よりその点を、御自身の研究室の学生諸君に徹底して教え込んでおられるようです。もう、実験の鬼ですな。
いやあ、あの先生、学生時代から変わっておられませんね、いろいろな意味で。
ただ、一般教養の講義で受講する文系の諸君らには、割に簡単に「優」をやっておられるようですがね。そこは、私もあまり人のことは言えませんけど(苦笑)。
そういえば、こちらの大宮君も受講されておって、文科系にしては、数学的な考え方のできる学生さんやなぁ、という印象を、答案を読んで受けましたよ。
文句なしで、優を差し上げましたわ(苦笑)。
それじゃあ、本題に入ります。
私ね、清美さんにお会いして思いますに、ふと、研究室にいた頃の石村君の姿とダブって見えることがありますのや。
お話をお聞きするに、私はね、その実務をもう少しきちんと極めるためにも、せっかくならもう数年岡山にいらして、下川の本屋さんと、この「窓ガラス」で、しっかり実務を極めた上で、お父さんのおられる大阪に行かれたほうがよろしいかと。
幸い学校もこの度卒業されるわけやから、仕事に専念、出来るやないですか。
実力に磨きをかける、絶好のチャンスが来たのではないですかな?
・・・ ・・・ ・・・・・・・
佐藤教授がその後を継ぎ、珈琲の残りを飲み干して水を一口含み、述べた。
「これは私の個人的な思いですけど、うちの研究室に、よく本を持ってきてくださっておる清美さんが来られんようになるのが、なんか寂しく感じられまして、ね」
・・・ ・・・ ・・・・・・・
ここで、かのウエイトレスの父親が両教授に頭を下げ、名刺をもって挨拶した。
「私、大阪で珈琲豆と紅茶の仕入販売をしております。岡山和彦と申しまして、あちらの清美の父親でございます。娘が、先生方にも御厄介になっておるようで・・・」
両教授も、O大学教授と銘打った名刺を返礼に差し出す。
両者を代表して、年長の佐藤教授が父親の岡山和彦氏に述べる。
「清美さんのお父様ですか。確かに似ていらっしゃいますな。私個人としては、あと1年でも、あの子がうちの研究室に本を届けてくれたらありがたいなと。もちろん、お父様の御意向に反してまで無理強いすることでは、ありませんけどね」
「いえいえ、佐藤先生、それでしたら、私もこれで踏切(ふんぎり)がつきました。あの子に、最低あと1年は岡山に住ませて、皆さんに恩返しできるよう、改めて下川さんにも本田さんにもお願いしてみようと思います。それから、堀田先生のおっしゃる石村先生のお話をお聞きしまして、元気出ましたよ。私も、勉強はそれほど得意ではありませんでした。しかも、高等小学校までしか出ておりませんものでしてね」
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