第13話 首根っこ捕まえられてもやめられぬ実験

「確かに、そこは園長先生のおっしゃる通りです。おそらくあの子は、テレビ局か新聞社か、そういう道に進むことでしょう。そうそう堀田さん、あなたの後輩の石村さんって方のお話。それ、して差し上げたらどうですかな」

「石村修君のことですね。今は立命館の理工学部で物理学の教授をされていますが、学生時代は、いろいろありました。私も彼には、ええ経験させてもらいましたよ」

 堀田教授が京都大学の院生だった頃、物理学教室にいた後輩のことを話し始めた。

ちなみに石村氏の話、佐藤教授は酒席などでかねて聞かされているという。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 私は、三高から京都大学理学部に進みまして、物理学教室で学んでおりました。

 戦時中でしたけど、海軍の要請を受けた研究をしておりましてね、徴兵されずに済みました。どんな研究であるかは、正直、あまり思い出したくもありませんがね。

 物資もない中、停電何度も食らいながらの実験で、海軍の関係者にはねちねち小言を言われてね。

 でもそんな中、我々学生を守ってくださった教授には、感謝していますよ。

 結局、戦後すぐ進駐軍によってうちの研究室の実験設備一式、接収の上破壊されました。それでお察しくださいよ。

 下手すれば、我が国が加害国になったかもしれぬ、そんなシロモノです。


 実は、私の仲の良かった幼馴染が戦死しましてね、思うところあって陸軍に志願しました。それで、姫路の部隊に出頭しました。

 すると、教授に電報を打たれて、出頭先で陸軍の将校に、私的な恨みで戦地に出向くのは、お国のためとは言わんと説諭された挙句に、直ちに帰って先生に頭下げて研究に復帰せよとどやされました。

 京都に渋々戻ったら今度は、教授に「阿呆!」と叱り飛ばされました。

 でもお陰様で、今こうして、O大学に教授として招聘いただいております。


 私のことはいいとして、後輩の石村修君のことをお話しますね。

 こいつはねえ、一言で申して、理系版「カフカ全集」でしたな。

 それが証拠にね、彼、しょっちゅう追試を食らっておりました。

 ただ、うちの教授が理解ある方で、「研究者は赤点ぐらいが、ちょうどええ」なんておっしゃるものですから。

 何がそんなにいいのかと、こちらは半分呆れて聞いておりました。

 そうか、佐藤先生のおっしゃる「カフカ全集」なんて言葉を知っていたら、あのとき言ってやればよかったな、あいつに(苦笑)。

 石村君は、眼鏡をかけて一見賢そうに見えるけど、これがからきし計算が出来ん。

 そんなわけで石村君はいつも、助教授の先生方や先輩らに何とかかんとか計算を教えてもろうて、それでやっと卒業できたほどです。

 そちらの大宮君ですか、法科の学生さんよりはさすがに出来ておったでしょうが、そんな程度では、私らの世界ではできるとは申しませんよ(苦笑)。


 でも彼は、立派でした。もう、狂気と言ってもいいほどの実験好きでして、たとえ空襲警報のサイレンが鳴ろうが、そんなことお構いなし。

 私ら、何度あいつを防空壕に首根っこ捕まえて連れて行ったことか。

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