第12話 文学青年というよりむしろ・・・

 まあ、身もふたもないと言いますか、にべもないと言いますか(苦笑)。

 そんな調子だから成績がカフカ全集じゃないのかと言ってやったら、こうですよ。


「カフカの小説なんか読まなくたって、会計士試験は受かるわい」


ってね。その彼は公認会計士に合格して、今、東京で自分の事務所持っていますよ。

 ま、彼はそれでも目的達成できたし、いいのではないでしょうかな(苦笑)。

 そうそう、大宮君、私、試験前の講義でその「カフカ全集」のこと、話したよな。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 佐藤教授は自らの簿記講座で、そのカフカ全集のエピソードを話したという。

 そのとき受講生の中にいた学生が、答える。

「ええ。お聞きしました。ぼく自身のこれに対する価値判断の披露は、ここでは控えますけど(苦笑)」

 大宮青年は法学部だが、経済学部関連の講義もいくらか受講していた。それは卒業要件に他学部の単位もいくらかは必要とされていたからというのもある。

 しかし、彼が佐藤教授の簿記の講義を受講していたのは、早稲田大学法学部卒で、2年前に解散したプロ野球球団・川崎ユニオンズのマネージャーをしていた長崎弘氏のアドバイスによる。それとは別に、その川崎ユニオンズで1年だけ選手として活躍した、彼の同級生で神戸の洋菓子屋の息子の西沢茂氏もまた、簿記の重要性をかねて語っていた。

 将来法律家になるにせよ会社員になるにせよ、簿記=会計の原理がわかっていないと仕事にならないというのが、その理由。

 それは、長崎氏の経験に基づくものだった。


「カフカ全集ですか。それはまた佐藤先生、面白い表現ですな。そういえば、そんな奴いたなぁ・・・、私のいた京大の物理学教室に」


 少し若い理系学部の教授が、相槌を打つかのように答える。

 その言葉を受けて、今度は、養護施設の老園長が感慨深そうに述べる。


 カフカ全集、ですか・・・。

 わしの旧制中学時代も、さして変わらんようなものだったですな(苦笑)。

 なんせ、母校・関西中学は、なまじ犬養木堂先生より芸術品を作る学校と言われたくらいでして、それだけ聞けば聞こえこそよろしいが、規格品と評された一中や二中の秀才諸君には届かん落ちこぼれでしたからのう。

 それにしても、佐藤先生のところの息子さんにも、困ったものではありますな。

 ところで、学部はどちらに?


 老紳士が、尋ねる。中年の教授が答えるには、こう。

「文学部です。何ですか、あの子は新聞社かテレビ局に入りたいと申しましてね。まあええわってことで、送り出したまではよろしいが・・・」

「文学青年を標榜して、遊び惚けて云々という話ですな」

 理学部教授のいわゆる「ツッコミ」を受け、年長の佐藤教授は答える。

「ええ、まあ、そんなものです。それで本でも少しは読んでおるかと思いきや、さほど読んでいる様子もなさそうでしてな。まったくの困りものですわぁ。それでは文学青年というよりもむしろ、放蕩青年ですわな、その実態が、ねぇ・・・」


 ここで、旧制中学卒の老紳士が口をはさんだ。


 いやいや、佐藤先生の息子さんには、そういう時期があってもよろしかろう。

 その経験も将来、必ず糧となりましょう。

 むしろ、遊びもしないで、かといって何か難関資格に挑戦するでもなく、それでいてガリ勉よろしく、優の数を競うようなクソ真面目な学生生活を送っている方が、考え物ではないですかな?

 もちろん、遊び惚けた挙句にダラダラ留年の休学だのとなってしまうのは、それはそれで大いに困りものですけど。


 養護施設を運営する老紳士もまた、不勉強な学生に一面的な非難はしない。


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