第11話 カフカの作品は、成績のネーミングだけ
マスターの淹れた珈琲と水を、この度高校を卒業するウエイトレスが運んできた。
「先生方、どうぞ」
「清美さん、おおきに」
堀田教授が、関西弁で礼を言う。佐藤教授は、軽く会釈して返す。
一通りこの地に集っている人たちの自己紹介がなされた。
先程のウエイトレスの親代わりを長年務めた老紳士が、改めて両教授に経緯を簡単に説明した。
その後、少し年長のO大教授が、意見を述べ始めた。
まずは、私から申し上げましょう。
皆さんのご懸念、私も他人事(ひとごと)ではありませんものでしてね。
うちの息子の一人が昨年、神戸大学に現役で合格しまして、今神戸で下宿しておりますけれども、いかんせん神戸は狭いとはいえ岡山より規模の大きな街ですからな。
いやあ、合格してからこの方、あの馬鹿息子は、まあ遊び惚けておりまして、語学こそなんとかなりましたけど、他の一般教養科目に至っては、講義にも出ずにぶらぶらしておりました。何もクソ真面目に講義に出ろとは申しませんが、あまりの解放感ゆえ、かかる事態を引起こしていることは明白です。
夏休み明けの前期試験は、単位こそ何とかなっておるものの、成績はそれこそ「カフカ全集」や。
あとは、申し訳程度に優が2つ。
その実態(苦笑)は、さすがにサボれなかった英語の単位です。
まあ、そこだけは先生に目を掛けられたかつけられたか、サボらず通って、ついでに言えば高校時代から英語は得意でしたから、その「貯金」を取り崩したようなものですわな。
良はからっきし、ひとつとして、なし。
第二外国語のドイツ語は、とりあえず行くだけ行って、2講座とも何とか可という有様です。あとはおしなべて、可かもしくは、不可のどちらか。
さすがに、評定不能というのはありませんでしたけどね。
自分の息子であるとはいえですな、そんなテイタラクレベルの馬鹿者に、清美さんの爪の垢なんぞ煎じて飲ませても、果たして効いたものやら。
そうそう、私の母校の東京高商(現在の一橋大学)の同級生に、成績は悪くないものの人を食ったようなことを言う奴がおりまして、そいつが、どうやら早稲田の文学部あたりに通っている知合いに聞き出したのか、成績の悪い奴に向かって、
「そんなのを早稲田の文学部界隈の連中は、『カフカ全集』と呼んでいるらしいぞ」
なんてことを言いましてね。
私ら高商の学生仲間には、小説好きなんて奇特な学生はほとんどおりませんけど、世界史あたりでカフカの名前くらいは知っているものですから、ああ、あのヨーロッパのどこかの国の一昔前の作家だなって、そのくらいのことはわかりますわ。
それがどういうわけかウケましてね、面白いからみんなそれ、言い出しました。
とはいえ、そのカフカ全集なんて言葉を我が母校に持込んだ奴に、私、聞いてみましたよ。おまえはカフカの作品を読んだことがあるのかよ、とね。
仲間と賭けでもすればよかったとは思いますが、多分、みんなそれはないだろうということで、どうせ成立もしなかったでしょう。案の定の結果でした。
カフカ全集は、自分の成績だけだ。
うちにそんな本ないし、そもそも、そんな作家の小説なんか読んだこともない。
そういえば、この前立寄った神田の古本屋に、そのカフカ全集が売られていたような気もしないではないけど、縁起でもないから、指一本振れてなんかないぞ。
そもそも小説なんて、このところ読んでないな。
最後に読んだのは、受験勉強のときの問題文くらいだっけ。週刊誌や新聞にも連載されているのがあるけど、そんなところまで、わざわざ読まないって。
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