第8話 娘よ、頼む。
「それにしても、何や、えらいことに、なってきた、なぁ・・・」
かつて大阪にいたこともあるマスターが、関西弁でつぶやいた。
「あんた、しょうがないでしょ。こういう話ばっかりは。私らも、思うところあるなら岡山さんに提案してみたらどう。私がしてもいいかもしれんが、ここは、マスターのお父さんが出て言ってやるべき、ちゃうの? あんたはこの店の「経営者」、社長やンか」
妻であるママさんも、関西弁で夫であるマスターを問い詰める。
「そんな正面切ったこと、言わんといてぇな。ただでさえしんどいのが、余計プレッシャーかかってしまうがナ。わしゃ、巨人の長嶋みたいに、スカーンと一発本塁打、稲尾から安打放って、センター高倉が後逸したのを奇貨とばかりにランニング本塁打よろしく、もの鮮やかに問題を解決する力なんか、ないでぇ」
「何も、あんたに長嶋選手みたいなことをやれとは言うてないでしょうが。しょうがないわ。今、そんなに忙しくもないから、陽子、珈琲のおかわりを皆さんにお出しして、ついでにあんたも、話に加わってあげてくれる?」
マスターに振るのもどうかと思ったママさんの機転に、夫妻の娘が呼応した。
何でこの場で娘に振るのかという思いもないではないが、そんなことも言っていられまい。
「じゃあ、お母さん、そうする。私も、思うところあるけど、おおむね、大宮君と近い懸念が、ないわけじゃない。多分、問題点はみんなで共有できると思うし、それが出来たら案外、落としどころなんて、簡単に見つかるかもしれない。多分、下川さんご夫妻も、同じような思いをお持ちじゃないかしらね」
「下川さん御夫妻は、もう少ししたら来られるらしい。それまで、接客は清美ちゃんにやってもらうとして、陽子は、あちらの皆さんのお話に加わって欲しい。別に「業務命令」などと正面切ったことを言う気はないが、ひとつ、頼む」
「わかった。じゃあ、お父さん、よろしく」
かくして、重苦しい雰囲気の漂うテーブルに、この店のウエイトレスが加わることになった。ただし、加わったのは、問題の渦中にいる少女ではなく、この店の娘で、来店している大学生の同級生のほうである。
「失礼いたします」
ウエイトレスの女子大生が、重苦しさを醸し出すテーブルに来て、空になったカップと水を回収し、厨房に戻した。その後すぐ、用意されていた新しい珈琲と水を同じトレイに載せ、再び、同じテーブルに舞い戻った。
「お待たせいたしました、と言いますか、皆さん、どうぞお召し上がりください」
彼女は3人の目前に珈琲と水をサーブした後、自らの座る席の前にも珈琲と水を置き、一度トレイを厨房前に戻した。
「陽子さん、清美を呼ぶの?」
尋ねる父親に、マスターの娘が答える。
「いえ、私がこちらで皆さんのお話を伺うよう、マスターから指示されましたので」
そう言って彼女は、空いている席に腰かけた。
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