父親の懸念をよそに、娘は・・・
第2話 ウエイトレスの父親、大阪より来る
終末土曜日の昼過ぎの喫茶店では、常連客と店員が気さくに話しつつ、和やかなときがゆったりと過ぎつつある。
そんなとき、店のドアが開けられた。
入ってきた人物は、この店の常連客ではないが、この店に何度か来たことのある中年の男性客。
「いらっしゃいませ!」
列車食堂と見まがうばかりのウエイトレスの服を着た店員が、入店してきた客に声をかける。
それだけ見れば、この店のいつもの光景である。それ以上でもそれ以下でもない。
しかし、その店員と客との関係性が、それと別に存在していたとしたら・・・。
「お、お父さん?」
「お、清美か。元気そうで何よりや」
ウエイトレスは、その客の娘。その客は、ウエイトレスの父親である。
彼女が驚くのも、無理はない。
父は今大阪にいて、会社を経営している。岡山にそう頻繁に訪れるわけでもない。
ちなみに当時は、新幹線も開通していない。列車で2時間以上、優にかかった。
この春、かの社長の娘は岡山市立商業高校の定時制課程(夜間部)を卒業することになっている。定時制高校4年生の学年末考査。実質的にはこれが卒業試験だが、それもすでに終えている。
住込みで働いている書店もさほど忙しくない時期なので、土曜日は必ず昼から夜まで、ずっとウエイトレスとしてこの店で働いている。
「御無沙汰いたしております。岡山清美の父の、岡山和彦でございます」
「岡山さん、お久しぶりです。お元気そうで何よりですな」
マスターが厨房から出てきて、挨拶する。
「本田さん、娘が大変お世話になっています。つまらんものですが、どうぞ」
岡山和彦氏は、大阪の土産を差し出した。
「これはありがたい。なかなか、旅に出る機会もありませんから、せめてこうしたものでもいただければ、ちょっとでも出かけた気になれます。若い頃大阪にいたこともございますから、いやあ、懐かしさもありましてねぇ。ところで、岡山さん、今日はまた、何かございましたか? 清美ちゃんのことで、お越しになられたとか?」
「ええ、まあ。ちょっと折入って、本田さんと下川さんに、お願いしたいことがございまして。下川さんには本日こちらに参ることは申し上げておりまして、実は先程、岡山到着と同時に、駅前の下川書房さんに伺いました。そうしますと、清美は今こちらに来ておることがわかりまして、それで寄らせていただいた次第です。あ、下川さんご夫妻も、もう少ししましたらこちらに参ります。つきましてはぜひ、皆さんに相談したいことがありますので、是非とも、おつきあいいただければ、と」
「何か、清美ちゃんがお父様に不義理なことでも、しました?」
「いえ、そういうことではありません。確かに、この子のことでのご相談ですが」
「どういったことでしょう? いやいや、実は、ワタクシの方も、お父様に少しご相談と言いますか、御無理を言う形になるのではと危惧してはおるところですけど、娘さんのことで、折入ってご相談したいと、思っておったところです」
そう言って、マスターはウエイトレスの父親を他の客がいない区画の席に案内し、その客の娘でもあるウエイトレスに、珈琲と水を運ばせた。
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