第4話 再
レポートを提出して、大学の構内を歩く。
ふと見えた掲示板には紺色の背景に鮮やかな花が咲いていた。
『花火大会』
そう書かれたポスターには3週間後の日時が載っている。
「花火……」
そう口にして、昨夜の事を思い出した。
白い長袖シャツが腕に貼り付いて暑そうだった。顔色が悪かったのは熱中症だったのかもしれない。
昨夜私は自動販売機でお茶を買って彼に渡したのだが、もしかしたらスポーツドリンクの方が良かったのだろうか。
だがそれよりも、その後のことを思い出して、ふっと笑いがもれた。
私の前で陽炎が揺らめく。歪んだ空間の向こうに黒い影がふたつ。それは次第に人の形をなした。
「「あ」」
目の前の男性二人組の線の細い方が、まるで鏡のように私と同じ反応をする。
腕に貼り付いた白いシャツ。
顔色はやっぱり良くない。
「「昨日の?」」
同じ台詞を吐いて一瞬間が開く。
彼の横にいたガタイの良い男性が「知り合いか?」と尋ねた。
彼は青い顔を横に向けて頷くと、またこちらに視線を戻した。
「昨日借りたハンカチですが」
「あ、ハンカチ? いや、いいですよ。昨日だって再会出来るなんて思わずに貸しましたし」
「何のこと?」
ガタイの良い男性が口を挟む。自分が分らない会話を黙って聞ける性分ではないらしい。
「えっと、昨日の夜にね」
「それ長くなる? カフェテリア行こうぜ。暑いしさ俺座りたい。君も一緒に行こうよ。ジュースくらいなら俺おごるしさ。な?」
少し強引な誘いに困りながら昨日の彼を見ると、彼は眉尻を下げて苦笑する。
「よし決まり。行こうぜ!」
誰も行くとは言ってないのに幅の広い背中が先導するように前を歩く。
「すみません。お時間あればお茶を一杯付き合ってもらえると嬉しいのですが……」
困り顔を見てしまえば断りの文句が出なくなる。仕方なく時間のあった私はお茶を一杯おごってもらうことにした。
昼前のためカフェテリアは賑わっていた。空いている席を見付けて顔色の悪い彼は椅子に座る。
「ヨシは水な。君……じゃなくて名前は? 俺は
「私は……、
「下の名前は?」
「えっと……、ひかり」
「ひかりちゃんはコーラフロート飲める人?」
名前からのコーラフロートが繋がらず、そのまま控えめに肯く。
「じゃあ座って待ってて」
「え、あの?」
「道隆くんに任せていいですよ。み、源さんは座ってください」
ヨシ、と呼ばれた彼に向かいの椅子を示される。素直に従って、私は遠慮がちに質問をしてみる。
「あの、貴方の名前は?」
「自己紹介まだでしたね。僕は
「私も3回生。……えっと、同い年?」
「そうみたいですね」
「……あ、じゃあタメ口でも?」
困り顔のままだった藤原くんの顔が今日初めて緩み、微笑みを見せた。
「昨日はすみません、じゃなくて、ごめんね?」
「私こそ。藤原くんに腕引かれてなかったら自転車とぶつかってたし……。改めてありがとう」
「でもそれでアイスが――」
「だから何の話しか俺にも話せよ」
トレーを持った道隆くん(まだ名字聞いてない)が、テーブルに緑のトレーを置く。
水が一杯と、コーラフロートがふたつ。
「はい、ひかりちゃんはコーラフロート」
「え? 私お水でいいですよ!」
「残念だけど、ひかりちゃんはコーラフロートです。ヨシがコーラ飲めねえんだわ」
道隆くんはトレーにのるコーラフロートのひとつを私の前に置く。
「あ……。じゃあ。えっと、いくらでしたっけ?」
「おごるって言ったじゃ〜ん。遠慮しないで。ね? で、昨日何があったのさ?」
道隆くんはコップを持ち、上にのるバニラアイスを直接かじる。コップがアイスのコーンにみえてきた。
「昨日はね、……花火があったでしょ?」
「ああ、サプライズのか」
「そう。それ」
「私が上ばかり見てて、自転車にぶつかりそうになった所を藤原くんが助けてくれたんですよ」
「おっ! ヨシやるじゃねえか」
「別に格好いいことでもないんだよ……。その後が特に……」
道隆くんが、何があったんだよ? と言ってストローでコーラを半分飲むと氷がカランと音を立てる。なんだかそれが残念な効果音に聞こえたのは私だけだろう。
「助けてもらったお礼にお茶を買ったんですけど」
「蓋開けた拍子にこぼしちゃったんだ。それで源さんがハンカチを貸してくれたってわけ」
「なるほど。じゃあ今度会う時に返さなきゃな?」
藤原くんが首肯すると、道隆くんはコップを置いてポケットからスマホを出した。
「じゃあ連絡先交換しようぜ」
今の流れでどうして連絡先を交換する事になるのか分らない私は首を傾げる。すると目の前の藤原くんも同時に首を傾げた。
「なに意味分かんないって顔してんだよ? だってヨシはひかりちゃんにハンカチ返すんだろ? 連絡先も知らずに、いつどこで返すんだよ」
「そうだね。だけどそれでどうして道隆くんまで連絡先を交換することになるの?」
「友達になったから!」
胸を張る道隆くんに向かって、私と藤原くんの声が被る。
「「いつ!?」」
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