【ショートショート】これが俺の生きる道【2,000字以内】

石矢天

これが俺の生きる道


「いけ! そこだ! 決めろ!! ……よおおおっし!! 勝った! 勝ったぞ!」


 金網の外からオヤジさんの喜ぶ声が聞こえる。

 俺は鼻から流れる血を右拳で拭って、そのまま天井に向かって高々と掲げた。

 観客席に響く歓声が一際大きくなり、俺も勝利の雄叫びを上げた。


 金網につけられた扉がガチャリと音を立てて開かれ、黒いスーツに身を包んだ男たちが入ってくる。

 彼らは俺の足元に転がっている敗者の髪を掴んで、ズルズルと引きずりだした。

 さっきまで死力を尽くして戦っていた相手が、こんな扱われ方をされることに不満を感じないわけではないが、俺にはどうしようもない。


 ここはルール無用の地下闘技場。

 物理的に地の底にあり、人生の底で待ち受けている場所。


 元ボクサー、元レスラー、元格闘家、元傭兵、元……。

 俺はこれまでに様々な相手と戦ってきた。

 全員に共通していることは、地下闘技場ここまで堕ちてきたということだ。


 理由は借金だったり、弱みを握られていたり、罪を犯して潜っていたりと人それぞれ。真っ当に生きている人間には縁のない金網に囲まれたリングが、俺の仕事場だ。


 ――ここより下は存在しない。

 ――ここから上へは戻れない。



「ジャック。今日も良くやってくれた。おまえは俺の自慢の息子だよ」

「……オヤジさん」


 試合に勝った日は豪勢な食事が振る舞われる。

 今夜の食卓には、分厚いステーキ肉と高そうな赤ワインが並んでいた。


 だがそんなことはどうでも良かった。


 これは普段は滅多に顔を見せないオヤジさんと、一緒に食卓を囲める貴重な機会。

 それこそが俺にとって最高のご褒美なのだから。


「いまの俺があるのは、オヤジさんのおかげですから」


 これはお世辞やゴマすりではない。

 オヤジさんは本当に俺の恩人なのだ。


 戦争で親を亡くし、戦災孤児として浮浪していた俺の面倒を見てくれた第二の父。

 丈夫でデカい身体だけが取り柄だった俺に、キックボクシングの師匠をつけてくれたのも、こうして地下闘技場で生きる道をくれたのもオヤジさんだ。


 いくら感謝しても、感謝しきれない。


 オヤジさんが喜んでくれるなら。

 俺はいくらでも命を賭けられる。何人でも敵をリングに沈めてやる。


 それが俺の生きていく意味だ。



 ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆



「よし! よし! 殴れ! 蹴れ!」


 金網に囲まれたリングの中で、ふたりの男の拳が交錯する。

 グローブもつけず、生の拳で殴り合うふたり。


 周りに飛び散る血飛沫は、赤い小さな花びらが風に吹かれて飛んでいるようにも見えた。


 右の男が放ったボディブローが、左の男の身体をくの字に曲げる。

 がら空きになった左の男の後頭部に拳が降り注ぎ、リングと向き合った顔面には膝がめり込んだ。


「いけ! そこだ! 決めろ!!」


 ドン・コロセスはオーナー席で声を張り上げる。

 ここまでくれば決着がついたようなもの。

 あとは相手が二度と立ち上がれなくなるまで攻撃の手を緩めなければ……。


「よおおおっし!! 勝った! 勝ったぞ!」


 対戦相手はマットに沈んだ。

 これで20億の儲け。選手も大きな怪我をしていないようでなによりだ。

 ドン・コロセスはほくそ笑む。


 地下闘技場の選手を自分好みに育てて戦わせるのが、ドン・コロセスの趣味。

 格闘家くずれだの、傭兵くずれだの、すでに出来上がった選手で遊ぶフェーズはもう卒業した。


「アレはなんといったか……。ゴードン、いやエリオットだったか……?」

「ジャックでございます」


 独り言のように問えば、隣に控える秘書がすぐさま答える。


「そうだ。ジャックだ。それで、今夜も美味いメシと酒を用意してあるんだろうな?」

「もちろんでございます」

「高いヤツだぞ」

「承知しております」


 ドン・コロセスにとって、選手は花のようなもの。

 苗から育てて大輪の花を咲かす未来に胸を高鳴らせる。


 良い土に植え戦闘技術を教え良い肥料と水美味いメシと酒を与えて、時おり優しく声を掛けてやれば、キレイな花を咲かせる。というのがドン・コロセスの持論である。


「ドン、ひとつご報告がございます。一昨日、ケガを負ったケビンですが……失明したそうです」

「ケビン? 覚えてないな……。まあいい、いつも通り処分しておいてくれ」

「かしこまりました」

「そろそろ新しい孤児が欲しいな」


 花が散れば自然に還す。

 そして新しい苗を植えて育てる。


 これもまた、当たり前のことだ。


「次は中国拳法にしてみようと思うんだが、どうだ?」

「すばらしいお考えです」

「そうだろう? じゃあ、良いコーチを探しておいてくれ。金に糸目はつけん」

「かしこまりました」

「よしっ! いけ! いい突きだ!! やっちまえ!!」


 深々と頭を下げる秘書を横に、ドン・コロセスの興味はもう次の試合へと移っていた。


 


          【了】




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1話(5,000~6,000字程度)で全10話完結。

ファンタジー世界の人情を小さな食堂から眺めるヒューマンドラマ

「王都の路地裏食堂『ヴィオレッタ』へようこそ」


https://kakuyomu.jp/works/16817139559111561877

 



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