第7話 看破

『看破』


 俺は心の中でそう呟き、とりあえず目の前にいる竜の真名を暴こうとした。

 だが、いつまで経ってもその竜の真名が俺の耳に入ってくることがない。

 もしかして名前がないのか? いや、であればここに存在するはずが――


『人間はそうやって、まず相手のことを知ろうとする。前回はそれで痛い目にあったから、対策はしているわ。ま、痛い目といっても、私自身が実際にダメージを負ったわけじゃないけど……』


 前回……ということは探索者の誰かがこいつと対峙したことがあるってことか。

 だとすれば、その情報が俺の耳にも届いているはずなのだが。

 ……近しいのはあのモンスターくらい、か。


『折角意思疎通を図ろうとしてるのに、おしゃべりが得意な人間である、あなたが黙ってどうするのよ。それに一方的にぺらぺら喋っている画なんて、この私には似合わないと思わない? 強者っていうのは、寡黙で、それでいて威風堂々しているものだから』

「強者、か。随分と自分の強さに自信があるんだな。こっちはこれでもレベル500。竜だか、なんだか知らないが、俺は慢心している奴に後れはとらない」

『レベル500……。ふふ。人間にしてよくできている方だとは思うけど、ペット如きからダメージをもらってるようじゃまだまだよ。しかも、その力の一端は私のもの。威張れば威張るほど滑稽に映って見えるわ』

「俺が滑稽ね。じゃあ、それに負けるようなお前だったら、その姿はどう映るのかな?」

『……。ふぅ。どうやら、自分の立場をわきまえてないようね。いい? あなたは今、この私と会話する権利を手に入れたに過ぎない。同じ土俵には立ててもその差は、子供と大人以上なの。だから……あまり調子に乗ってると、殺すぞ。人間』


 竜は声のトーンを一気に下げ、血走った目をこちらに向けながら陸に上がってきた。


 やはり、その身体は俺が睨んでいた通りだったか。


 勿論本物を見たことはないが、図鑑で見たプレシオサウルスという恐竜に似たその身体は明らかに水中専用のもの。

 大袈裟な煽り文句のせいで、怒りを買ってしまったが、こうして陸に上げることができれば、俺にも勝機はあるはず。

 やはりどれだけ強かろうがモンスターはモンスター。我慢のできない野生の生き物にすぎない。


「『身体強化』」

『……』


 相手が機動力を失ったのは明白。

 身体強化を用いて、素早く動き回る様をまるで追えていない。

 これなら、死角に潜り込んで急所を斬ってやるのも容易い。


 だが俺は人間。死角に潜り込むのは上級魔法で天井を崩し、視界と余裕を奪ってからだ。


「上級魔法、『超炎狂鳥乱舞ハイフェニックスダンス』――」


『ふふ』


 天井に向け手を翳し、魔法陣を展開。

 決して消えることのない無数の火で作られた鳥たちが、空中を舞い、天井を崩す……はずだった。


 しかし……。


「言ったでしょう。ここは私の縄張り、あなたは私の力を借りてペット、うちのワンちゃんに勝ったんだって。だからこうしてその気になれば、あなたの魔法を無効化できる。というか、あなたの力量を加味したうえでの支配ができる。ふぅ。本当はご対面して上げたかったけど、あなたの実力じゃ、まだ私の『指』一本程度しかここから抜け出させることができないの」

「おま、なんで……。俺の魔法陣から人の声が」

「……。言ったでしょ、縄張りに居る限り、私はあなたを支配できるって。ま、種明かしをすると支配できるようになったのは魔力に関する部分だけ。実際にあなたの身体に入り込んだり、精神操作ができるってわけじゃない。私はね、縄張りの中限定であらゆる生き物の水魔法の行使を無意識のうちに手伝ってあげることができて、その代価としてその対象の魔法支配を完了する」

「そ、そんな魔法聞いたことがない」

「そういえば、このクラスの魔法を人間が使っているところは見たことがないわね。人間って使えないのかしら、『滅級魔法』って」


 俺の魔法陣から突き出た長い爪が印象的な指をくるくると回しながら、声の主はさも当たり前のように俺の知らないクラスの魔法を言い放ったのだった。

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