第5話 魔法
「ふふ……。おっと、つい笑いが……。そんな場合じゃないってのに」
高める感情を何とか押し殺して、俺はこれでもかと、高く高くひっかき上げられたその場所からケルベロスに視線を向ける。
すると、俺が不敵に笑ったことが引き金になったのか、ケルベロスはその3つ首を向き合わせ何か相談するような仕草を見せた。
俺という餌に飛びつかず、細心の注意を払うあたり、やはり今までのモンスターとレベルが違う。待ちからのカウンターで形勢逆転を狙うのは無理そうだ。
それどころか……。
「あれはまずい」
ケルベロスは口をかっぴらき、再び業火を吐き出す準備を開始。
どうやら俺を食うという欲は捨てたらしい。
思えば初手で業火を放ったのも、情報が不明な敵と対峙した場合には、そういった欲よりも危険の排除、或いは保身を優先するよう常に心掛けているからだったのかもしれない。
それは単に死にたくないからくる心理なのか、それとも幼体、つまりは子供のためなのか、それともそれとはまた別の要因なのか……。
そういえばケルベロスは神話で、冥府の門番と呼ばれていたか。
「が、ぁぁ……」
「くる……」
小さい呻き声が漏れると、ケルベロスの口から吐き出ようとする業火が一瞬小さく光った。
俺を狙って勢いよく飛び出る業火。
川の水からは水蒸気が立ち上り、黒と白の2色が俺の視界を悪くする。
自己強化を使って剣で……いや、俺自身のレベルが上がっているとしても、剣自体の性能は上がっていない。剣で断ち切ろうとすれば、こんななまくらはすぐに溶けてしまうはず。
となれば魔法を使うしかないが……中級魔法程度でこれに対抗できるのだろうか?
「不安しかないが……『
空中で落下しつつ両手を正面にかざし、魔法を発動。
水属性であるこの中級魔法は、魔法陣を展開させたのち、消防活動の放水以上の勢いと量で相手を攻撃する。
その威力は対象のモンスターによって変化はするものの、1階層のモンスターくらいであれば大体十数秒でグロッキー状態に追い込むことができる。
この程度で業火を完全に打ち消すことは不可能と分かっているが、せめてその威力を落とすくらいの仕事をして欲――
「なんだ、これ……」
展開された魔法陣の大きさが明らかにいつもと違う。
使用したのは間違いなく中級魔法。この大きさの魔法陣は、上級……いや、最上級魔法で展開されてもおかしくない程だ。
それと気になるのは、魔法陣から覗き見える何かの口。
この形状は……竜のそれに見えなくもない。
「なんでもいい。あれさえ防ぎきれれば、まだ――」
地上での接近戦ならまだ勝負になるかもしれない。
そう思いながら、俺は魔法陣を見つめた。
すると、魔法陣から覗き見えた口から大量の水が放出。
白くきらめくそれは、普段の威力とは比べ物にならない程で、圧倒的有利だと思われた業火とつながった。
しかし、威力は業火の方が高く、次第に押し返され始める。
このままだと完全に飲まれる。
そう思った瞬間だった。
『神測。レベル補完効果と新しい経験値獲得方法により、120のレベルアップ。攻撃威力上昇。敵攻撃完全攻略まで残り……2、1』
「うわっ!」
俺の『
つながりが消え、俺は川に身体を落とした。
そして、殆ど熱湯に変わってしまった川の水を気にしながら、俺はケルベロスがいるはずの岸に向け、ゆっくりと歩く。
なぜケルベロスの攻撃を恐れて急いで移動しないのか。それは引っかかれたことによる痛み、というのも原因だが……それ以上に、目の前で痛そうに横たわるそのケルベロスの情けない様子に、俺の気持ちが少し緩んでしまったというのが大きい。
「まだお前と戦う対応適正レベルじゃあないが……その状態なら俺の方が有利かもな。お前は強いが、強すぎるが故に反撃されることに、痛みを受けることに慣れなさすぎだ。……『自己強化』」
身体を起こしたものの完全に腰の引けたケルベロスに対して、俺は躊躇なくバフスキルを発動させて、いつものなまくらな剣を抜くと、今度は待つこともなく思い切り掛かった。
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