第45話 帰城しました

 アダルベラス王城に帰城すると、わらわらと人が迎えに出て来た。


「お帰りなさいませ、陛下」

「お帰りなさいませ、王女殿下」


 そう言って迎えられると、なんだかくすぐったいような、ちょっと恥ずかしいような、そんな気持ちになった。

 私が帰ってくるところは、オルラーフ王城ではなく、アダルベラス王城になったんだ。

 その考えは、私の胸を温かくする。


「エレノア!」


 馬車から降りたとたん、聞きなれた声がして、顔を上げた。

 クロヴィスさまがこちらに向かって駆けてくる。

 あいかわらず破壊力抜群ですね。


 そしてクロヴィスさまは、ぼすん、とドレスに埋もれるように抱きついてきた。

 おおっと、これは大胆な。


「エレノアがいなくて寂しかったぞ」


 抱きついたまま、こちらを見上げてクロヴィスさまはそう言った。

 嬉しい言葉をなんて素直に口にするんだろう。


「まあ、クロヴィスさま。嬉しがらせを仰いますのね」


 ほほ、と優雅に笑ってみせる。

 彼は矢継ぎ早に言葉を続けた。


「また近いうちに弓場に行こう。この間はエレノアは射ることができなかっただろう?」

「え、ええ」


 確かに。先日は、兵士たちの練習を見るばかりで、自分で射ることはなかった。

 すると。


「クロヴィス」


 シルヴィスさまの声がして顔を上げる。


「エレノアは帰ってきたばかりで疲れている。あまり無理を言うな」


 まあ、それも確かに。

 次の予定がどうなっているのか、フローラに確認もしないと。


 けれどクロヴィスさまは少し口を尖らせて、シルヴィスさまに反論した。


「伯父上は、私の邪魔はしないと言ったではありませんか」


 そう抗議されたシルヴィスさまは、ぐっと詰まったようだった。

 そうだ、あのとき。私が肩に担がれたとき。

 彼はクロヴィスさまに告げたのだ。


『余はそなたの邪魔はしない。だからそなたも余の邪魔をするな』


 と。


 シルヴィスさまは、小さくため息をつくと、応える。


「言ったな。もっともだ」


 そう返すと、身を翻す。

 あー……。

 私はなんだか少し寂しいような気持ちで、その広い背中を見送る。


 もちろん、クロヴィスさまのお誘いが嫌なわけではない。嫌なわけではないのだけれど。

 でも今、クロヴィスさまのお誘いをやんわりと断ってくれたことを、少し、嬉しく思ってしまったのも事実だ。

 もしかしたら、面白くないって思ってくれたのかしら? って。


 ああ、ごめんなさい、クロヴィスさま。不誠実な考えだわ、これって。お誘いを断ってくれて嬉しいだなんて。

 その罪悪感から、私は明るい声を出した。


「ありがとうございます、クロヴィスさま。ではお時間が合いましたら、ぜひ」

「良かった」


 そう応えてクロヴィスさまは歯を出して笑う。


 顔を上げてシルヴィスさまのほうを見ると、彼は重臣の一人に声を掛けられているところだった。


「陛下。ご報告が……」

「聞こう」

「いえ、ここでは……」


 その言葉を聞き、シルヴィスさまは重臣と並んで足早に歩き出す。

 今日も今日とて、帰ってきたばかりだというのに忙しそうだ。


 旅は、終わった。


「エレノア」


 クロヴィスさまに呼び掛けられて、はっとする。


「はい、なんでございましょう」


 そちらに振り返り微笑むと、なぜだかクロヴィスさまは少し眉尻を下げた。


「エレノア……やはり疲れているのか?」


 おずおずと、そんなことを問うてくる。

 シルヴィスさまに言われたことを気にしているのだろうか。


「いいえ、大丈夫ですわ」


 実際、疲れている、と自覚するほどでもない。

 楽しいことがありすぎて、高揚していて疲れを感じていないだけかもしれないけれど。

 私の答えに、けれどクロヴィスさまは続けた。


「無理強いしたいわけではないのだ。では元気になったら、旅の話をしてくれ」

「ええ、それはぜひ」


 そう返すと、彼はほっとしたように息を吐き出した。

 そして手を伸ばしてきたかと思うと、私の手をふいに握ってくる。


「後宮に帰るまで、こうしていていいか?」


 ぎゅっと握られた手。シルヴィスさまの手とは違う、柔らかな感触。


「それはもちろん」

「そうか、良かった。では後宮までエスコートさせてくれ」

「まあ、嬉しゅうございます」


 そうして私たち二人は、後宮まで手を繋いで歩くことにした。後方に侍女たちがついてきているので、甘酸っぱい感じではないけれど。


 私は繋いだクロヴィスさまの手をちらりと見て、思う。

 これは、どういう意味なんだろう。

 クロヴィスさまにとって、私はどういう存在なんだろう。


 兄弟はいらっしゃらないから、姉のような存在なのかしら?

 それとも……私がシルヴィスさまに想うような、そんな気持ちを抱いていらっしゃる?


 けれど私は、王妃となることが決定している。それだけは揺るがない。

 シルヴィスさまは、クロヴィスさまには偽装結婚の件は言っていない、と仰っていたわ。それは信じてもいいと思う。

 だとしたら、クロヴィスさまは、結果のわかっている恋をしようとしているのかしら。

 自惚れかもしれないから、私のこの考えは、とんだ見当違いなのかもしれない。


 けれど。

 もうそうだとしたら私は、こんな風に彼と接触してはいけないのではないかしら。

 私は、どうしたらいいのかしら。

 私は、どうするべきなのかしら。


 恋は、楽しいだけではない。

 私は改めて、その考えに行きつく。


 現実の恋は、想うのも、想われるのも、苦しさを伴うものなのだ。

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