第42話 見つけました

 シルヴィスさまはハーゼンバインの地形は熟知している様子で、迷いなく道を北へ向かっているようだった。

 私は初めて見る景色ばかりで、きょろきょろとずっと辺りを見回してしまっている。


 そもそも、オルラーフからやってきてから、時間があまりなかったこともあるけれど、国内を見て回ったことなどない。

 アダルベラス城外で行ったところといえば、到着した港町、教会、弓場、そして今回の旅行で立ち寄ったところ、それくらいだ。


 私は王妃となるのだから、国内の主要な土地は見て回るべきではないだろうか。

 今度、シルヴィスさまに提案してみよう、などと考えていると、馬の脚が弱まった。

 私が振り向くと、シルヴィスさまは遠くを見つめているようだった。


「シルヴィスさま?」

「北のほうと言ってもな……」


 そうつぶやく。


「何本かアーモンドの木を見つけはしたのだが、やはり花も終わりに近づいているものばかりだった」

「そうですか。もう少し進んだほうがいいのでしょうね」

「エレノアも探してみてくれ。きっと満開の花が咲いていれば、目につくと思う。一人よりも二人がいい」

「わかりました」


 私はうなずく。

 きっとシルヴィスさまの負担は大きい。私は乗せられているだけで、なにもしていないもの。

 私を前に乗せ、馬を操り、さらに辺りを見渡す。それはきっと、大変なことなのだろう。物珍しさにきょろきょろしている場合でもなかった。


 一人よりも二人。その言葉はとても嬉しいけれど、これくらいのことは私一人でいいのではないだろうか。


「シルヴィスさま、わたくしにお任せくださいな」

「エレノアに?」

「はい、わたくしがアーモンドの木を探します。シルヴィスさまは馬を走らせることに専念なさってください」


 私が気合を入れた声でそう答えると、後ろでシルヴィスさまは小さく笑った。


「それは頼もしい」

「ええ、わたくしが探し当ててみせますわ」


 元々が、私がアーモンドの花を見たいとお願いしたから始まったことだもの。

 私ががんばらないでどうするの。

 絶対、見つけてみせるから!


          ◇


 薄い桃色の花、薄い桃色の花、と心の中で唱えながら辺りを見渡す。

 けれどなかなか目につかない。アーモンドの木らしきものはいくつか見つけたけれど、やはり並木道にあったような花の具合で、とても満開とは言い難い。

 そもそも、満開のものが本当に存在しているかもわからない。領内のアーモンドはすべて花も終わりの可能性がある。


 いやいや、まだ諦めちゃ駄目だ。時間の許す限りはがんばらないと。

 私は頭をひとつ振って、また周辺に目をやる。

 すると。


「シルヴィスさま!」


 私は思わず、大声を出す。

 驚いたのか、彼は慌てて馬を止めた。


「どうした?」

「シルヴィスさま、あれ、見てください」


 私は小さな山の中腹を指さす。


「ああ」


 私の背中で、ほっと息を吐くのが聞こえた。


「そうかもしれない」


 山の中に、桃色の一群が見える。その群が、ぽつぽつと緑に混じって山の中にある。

 花が咲いている。きっとアーモンドの木だ。あの様子では、満開であることも期待できるのではないか。


「行こう」


 シルヴィスさまは手綱を握り直し、馬の脇腹を蹴った。

 目的地は決まった。あとはそこに辿り着くだけ。

 私たちはまっすぐに、ただその薄い桃色だけを目指した。


          ◇


 けれどその山は、あまり手入れがされていない様子だった。

 だからといって、人がまったく入らないという感じでもない。踏みしめて作られたような細い道もある。

 もし獣道しかないようなところなら、どんな動物がいるかもわからないから、中に足を踏み入れることすらできなかったかもしれない。


 できる限り、花が見える場所まで馬で向かう。

 でも、道がどんどん狭くなってきたところで、シルヴィスさまはため息をついた。


「これ以上は無理だな」

「でもすぐそこに見えますわ」


 私は少し見上げて報告した。本当に、すぐそこに見えた。

 手前にある木々に隠れて全体は見えないが、薄い桃色の花がたくさん咲いているのが見える。


「歩きましょう」


 私がそう提案すると、後ろでシルヴィスさまはうなずいた。


 彼は馬を降り、手近にあった木に馬の手綱を縛り付ける。それから馬の脇に歩み寄り、私に腕を伸ばしてくる。

 私も腕を伸ばして、シルヴィスさまに抱きつくようにして、馬から降りた。


 本当に、不安感がまるでない。

 シルヴィスさまの腕は太くて、胸板も厚くて、私が勢いをつけて飛び降りたって大丈夫なんじゃないかしら、と思えた。


 シルヴィスさまは馬に掛けられていた荷物を取り外すと、それを肩に掛けた。


「では行こうか」

「わたくしも持ちます」


 私は彼を見上げて、両腕を差し出した。シルヴィスさまは目を瞬かせている。


「いや、女性に荷物を持たせるわけにはいかない。それに、そんなに重くもない」

「でも、シルヴィスさまお一人に持たせるなんて」


 私がそう食い下がると、少し考えるようにしたあと、彼は荷物の中をごそごそと探った。

 なんだろう、と思っている間に、私の目の前に拳を差し出した。


 首を傾げると、彼は手を開く。

 ちりん、と音を立てて、私の顔の前でそれは揺れた。


「……鈴?」

「ああ。それを持っていてくれ」

「これだけですか?」

「熊が出ないように、それを鳴らしていてくれ。大事な役目だ」


 そう言って彼は笑った。

 私はその鈴を受け取ると、鈴が取り付けられた、革で作られた紐を自分の手首に通し、先を持った。


「わかりました、お任せくださいな」

「エレノアは頼もしいな」


 私はその鈴を、手を振ってちりちりと鳴らした。高く澄んだ音だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る