第40話 並木道に行きました
翌日、私たちは四人で一台の馬車に乗り、国境付近へ出かけた。
シルヴィスさまと私が奥に乗り、フランツさまとクリスティーネさまが後から乗り込む。
騎兵が四人、馬車を守っていた。
しばらく馬車を走らせると、問題のクルーメルとの国境付近という場所に着く。屋敷からさほど離れたところではなかった。
馬車を降り、小高い丘の上に登り、火事があったという山を見る。
なるほど、中腹が広く焦げてしまっているのが見えた。
フランツさまが現場を指さしながらシルヴィスさまに説明をしている。クリスティーネさまと私は、それを後ろから見つめていた。
一通り説明が終わると、私たちはまた馬車に乗り込む。
それからは、アーモンドの農園とか、交易路である大きな街道付近の街だとか、いろんなところを案内された。
国王の来訪は表沙汰にはしていなかったけれど、そのことが漏れて大騒ぎになってはいけない。だから、馬車の中から覗くだけというのがほとんどではあったけれど、楽しく見て回れたと思う。
フランツさまのお話が面白いというのもあったし、クリスティーネさまがオルラーフ出身である私に気を使って、わからない事柄を補足してくださっていたのも助かった。
そんな風にして、一日はあっという間に過ぎていく。
帰り際の馬車の中、フランツさまが私に提案してきた。
「ついでに並木道のほうに行ってみましょうか?」
花がもう終わりということで、その話は終わったのかと思っていた私は驚いた。
「いいのですか?」
「ええ、ここからならば、そう遠くはありません。もうさして咲いてはいませんが、せっかくですから」
「嬉しい! ぜひ!」
そうはしゃいだ声で応えると、他の三人は皆、微笑んだ。
◇
そこからしばらく馬車を走らせると、そのアーモンドの並木道にたどりついた。
私はカーテンを上げ、外を眺める。
「まあ」
確かに花はもうほとんど咲いてはいなかった。
けれど葉とともに、まだ花はぽつぽつと残っていて、とても可愛らしい。
「まだ花が残っていて良かったわ」
私がそう言うと、フランツさまはほっと息を吐いた。
「そう言っていただけると」
「今でも十分、素敵ですわ。満開だったらどんなに美しいでしょう!」
馬車はそのまま並木道を走っていく。
満開ではないけれど、と私は前に座るシルヴィスさまを見た。
彼も外のアーモンドを眺めている。
……たとえ満開であっても、手を繋ぐのは無理そうだなあ。
私はシルヴィスさまが自身の膝の上に置いた手を見ながらそう思う。
馬車の中には、四人。
シルヴィスさまとフランツさまが並んで前に座っている。そして私の横にはクリスティーネさま。
この状況で、手を繋ぐって、どういう絵面だ。
きっともし満開であったとしても、馬車から降りることはなかっただろうから、やはり手を繋いで歩き切る、というのが難しい。
侍女たちが言っていた言葉を思い出す。
『私、考えましたの、自然に手を繋ぐにはどうしたらいいのか』
『私もですわ、でもなかなか』
『自然に、というのが難しいのですわ』
くっ。大当たり。
ここで手を伸ばせば、もしかしたらシルヴィスさまは首を傾げながらも手を取るのかもしれない。
けれどどう考えても、自然じゃない!
それは本当に手を繋いだと言えるのかもわからない!
なんにしろ、これは次回に持ち越しの課題ね、と私はこっそりとため息をついた。
◇
「とても素敵でしたわ!」
辺境伯の屋敷に帰ると、私は馬車を降りながらそう感想を述べる。
「これはぜひ、満開のときに来てみたいですわ」
私は隣に立つシルヴィスさまに向かってそう話し掛けた。
すると彼は、その言葉にうなずく。
「ではまた来よう。時期を見計らって。今回は急に決めたから、仕方ない」
「はい!」
また来れるのだわ。これから、いくらでも。
私はなんだか嬉しくなって、たくさんうなずいた。
けれどそのやり取りを見ていたフランツさまが、少し考えるような素振りをしたあと、顔を上げて口を開いた。
「もしかしたら、もう少し北のほうに行けば、咲いているものもあるかもしれません」
「いえ、そんな」
ああ、もしかしたらがっかりさせたと思わせてしまったのだろうか。
だからそんなことを言わせてしまったのだろうか。
それがなんだか申し訳なくて、私は胸の前でひらひらと手を振った。
「大丈夫ですわ、また次回のお楽しみにしておきますから」
フランツさまには、微笑んでそう返した。
けれどシルヴィスさまは、思い切ったように顔を上げて口を開く。
「そうか、では探しに行こう」
「えっ」
彼はこちらに振り向き、そして私の顔を覗き込むようにして続ける。
「それで無ければ、諦めればよい。なに、時間はまだ明日一日ある。行ってみればいいではないか」
「でも、そんな」
わざわざそのために時間を使わせるなんて。
そこまでするのは、どうかと思った。
けれどシルヴィスさまは少し笑って、そして私をからかうように続けた。
「いいではないか。それとも嫌なのか?」
「まさか、嫌だなんて!」
そこは強く主張する。
もちろん、見たい。並木道はともかくとして、美しいと言われる満開のアーモンドの花は、できることなら見て帰りたい。
「では決まりだ」
シルヴィスさまは、そう満足げにうなずいた。
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