第23話 お誘いを受けました
アダルベラス王妃になるにあたって、私は改宗しなければならない。
オルラーフ国民はオルラーフ神を信仰するし、アダルベラス国民はアダルベラス神を信仰する。
その神に見守られてその地を統べる王族は、当然、その神を信仰しなければならない。
というわけで私は、毎日のように教会に通っていた。そして司祭の説教を聞いていた。
改宗することは嫌ではない。
というか、本音を言えば、どっちでもいい。
だって私の神は、私だもの。私は私を信じるわ。皆、そうしたらいい。
神さまなんて見たこともないし、困ったときに助けてくれるわけでもない。
だから本当にどっちでもいい。
けれど、それを公に口にすることは許されないわけで。
なので私はおとなしく改宗することを了承し、教会に通うようになった。
こんな時間があるならシルヴィスさまにお会いしたいのにぃ、とか、口が裂けても言えないけれど。
どちらの神も、言っていることはほぼ一緒なので、聞いていても退屈だ。
節度ある行動を、とか。困っている人には手を差し伸べましょう、とか。命を失ったときには、善良な人は神の国に行ける、とか。
退屈だけれど、司祭の説教にときどきうなずいてみたり、相槌を打ってみたり、覚え書きをしてみたり、そんなことをしていたら、いつの間にか説教の時間が少なくなっていった。
ふっふっふ、そうなるだろうと思ってました! 時間は作るものです!
後宮へ続く回廊を、私は上機嫌で歩いていた。
「姫さまは、そういう知恵だけは回りますよね」
呆れたように、付き従うローザがそう話す。
「逞しいのですよね、それは王妃には必要な資質だと思います」
同じように傍にいるフローラが言った。
ローザには、フローラを少しは見習っていただきたい。隙があったら褒めたらいいわ。そうしたら、ローザの要望である「たくさんの給金を払う」ということに尽力するかもしれないのに。
まあ、とにかく。
これで時間が少々できました。
シルヴィスさまにもお時間があればいいのに。そうしたらお茶会とかできるかもしれないわ。
「陛下は今はなにをなさっているのかしら」
フローラに問うと、彼女は淀みなく答えた。
「今日は、夕方までエルフィ王国の重鎮の方々と会食です」
「あら、そうなの」
なんだ、せっかく時間が空いたのに。それでは無理も言えないわ。
まあ、やることはいくらでもあるからいいのだけれど。
ちょっぴりがっかりしながら、王宮から後宮へ続く回廊が終わろうとするところに差し掛かったとき。
「あら」
後宮の手前、入り口付近に設置された長椅子。
そこに、小さいシルヴィスさま……いや、クロヴィス殿下が足をぶらぶらとさせながら座っていた。
「クロヴィス殿下、いかがなさいました。こんなところで」
「エレノア!」
声を掛けると、クロヴィス殿下は私の姿を認め、そして長椅子から飛び降りるように降りると、私のほうに駆けてきた。
「エレノアを待っていたのだ」
「わたくしを? クロヴィス殿下が?」
「エレノア、私のことは名前で呼ぶように言ったのに」
そう咎めると、頬を膨らませる。
くっ。今日もかわいいですね。
「失礼いたしました、クロヴィスさま」
私の返事に満足したのか、クロヴィスさまは歯を見せて笑う。
それから身を乗り出すように、勢い込んで口を開いた。
「遊びに行こう、エレノア」
「遊びに?」
「そうだ、舞踏会のときに約束したであろう」
しました。確かにしました。
また遊んでくれるな? と。迎えに行くぞ、と。
社交辞令ではなく、本当だったんだ。
なんという積極性。
シルヴィスさまも、これくらい積極的ならいいのに。甥を少しは見習ってくださいよ。
確かに時間は空きました。偶然にも。
「フローラ、大丈夫だったかしら?」
振り返ってそう訊くと、けれど前から声が飛んできた。
「伯父上の許可は取っているぞ」
「えっ」
私はまた、クロヴィスさまのほうに振り返る。
伯父上。つまり、シルヴィスさま。
「伯父上は、エレノアが了承するなら、ぜひとも遊んでくれと言ってくれたのだ」
ほほう。
やはり偽装結婚の件は諦めていないようですね。あのやろう。
「行こう、エレノア」
満面の笑みで、こちらに手を差し出してくる。
なので私は、その手に自分の手を乗せた。
「ええ、よろしくお願いいたしますわ」
そう返すと、クロヴィスさまはほっとしたように息を吐いた。
私はそれから、いったんクロヴィスさまの手を離し、手に持っていた聖典やら覚え書きの紙やらをフローラに渡す。
やはり私を一人にはできないようで、ローザがついてくることになった。
その間、クロヴィスさまはそわそわと待っていた。
「どこに行くのか、お決めになっておられるのですか?」
その態度は、行きたいところがあるように見える。
「決めている。きっとエレノアも楽しいぞ」
うなずいて、はっきりとクロヴィスさまが返してくる。
さくさくと取り仕切り、女性を導く。
殿方とは、かくあるべきではないですかー! シルヴィスさまにもこんな風にお誘いいただきたい!
クロヴィスさまはにこにことしながら続けた。
「先生に褒められたのだ」
「先生?」
「エレノアにも見せてやるぞ」
そう言って、手を握って引っ張ってくる。
私の手を握ったまま駆けだしたクロヴィスさまのあとを、私は慌てて走り出したのだった。
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