第22話 味方がたくさんできました

 侍女たちはいそいそと、お茶やお菓子を用意してテーブルに並べる。

 なんだか少し楽しくなってきた。

 議題は「色気の出し方」だけどね。


「申し訳ありません、少々、その伯爵夫人の話に興味が湧きまして」


 フローラは恥ずかしそうにちょっと俯いて、そんなことを言い訳する。

 他の侍女たちも恥じらいつつ席についている。

 もしかしたら彼女たちも私たちと同じく、色恋沙汰には疎いのかもしれない。


「正直に申し上げまして、私、殿方と接する機会があまりなく……」

「恥ずかしながら、私も……」

「私もです……」


 侍女たちは顔を真っ赤にしてもじもじしながら、そんなことを言い募る。


「あっ、いえ、別にそれで殿方とお近づきになりたいとかそういうのではなく」

「ちょっとそのお話に興味があるだけで……ねえ?」

「そ、そうなんです、参考までに」


 アダルベラス王城に勤める彼女たちは、きっと良家の子女なんだろう。

 オルラーフ王城でも、そういう傾向はあった。貴族の娘が行儀見習いを兼ねて王城に勤めるのだ。

 そんな彼女たちが色恋沙汰に疎いのは当たり前かもしれない。


 となると、色気がどうのこうのと問うのは、無理難題だったのか。

 いいのいいの、こうなったら皆で学んでいきましょうよ!


「あ、あの、結局その方は、今も伯爵夫人に収まっていらっしゃるんですよね」


 フローラがそう問うと、ローザは自信を持ってうなずいた。


「ええ、なんの障害もなく」

「まあ……」


 フローラは、口元に手をやって絶句していた。

 見知らぬ世界を知ってしまった、という感じかも。

 いや、知らないほうが良かったかもしれないけれど。


「けれど、たくさんの殿方とお付き合いしていたのでしょう? それなら他の殿方と別れるときは大変だったでしょうね」

「いいえ」

「えっ」


 ローザの返事に、侍女たちは顔を見合わせている。


「皆、君の幸せを願っているよ、と言いながら去りました」

「恐ろしい……」

「シンディは、根回しが大変だったって笑っていました」

「ひい」


 自分の肩を抱いて小さく震えている侍女までいる。

 私も少し怖くなってきた。

 もう本当に、未知の世界なんですけど。


 いやでも、しっかり聞いておかなくちゃ。

 私は少し身を乗り出して、すました顔で恐ろしい話をするローザに訊いてみる。


「でもそれじゃ、ドレーク伯爵は、ちょっと悲しかったかもしれないわね」

「どうしてですか?」

「だって……その……純潔じゃないでしょう?」


 貴族に嫁ぐ娘たるもの、純潔であるべきなのではないのだろうか。

 しかしローザは首を横に振った。


「彼女、乙女のままでしたよ」

「……嘘でしょう?」

「まあ私が確認したわけではないのでわかりませんが、そのようですよ。というか、男と寝るとその時点できっと終わりだ、とか言ってました」


 たくさんの男性たちとお付き合いして、その中から一人選んで。

 なのに純潔を失ってもいなければ、今、そんな交際の弊害が出ているわけでもない。

 すごすぎる。

 上級者すぎて、話についていけない。


「それでも色気がある色気があるって、男性が寄ってきてましたからねえ」


 うんうん、とうなずきながらローザは続ける。

 私は思わず、声を小さくして訊いてみた。


「参考までに、その手腕を聞いてみたいんだけれど」

「手腕……ですか」

「そう。どんな風に男性と接していたのか、なにか具体的に」


 そもそも、私がシルヴィスさまに好かれるためには何をしたらいいのか、という話からきているのだ。

 具体的に手法を聞かないと。


 ローザはうーん、と考え込んでから、一つ思いついたようで、ぽん、と手を叩いた。


ふみにほいほい返事をしちゃだめ、とか言われましたねえ」

「そうなの? 返事は早いほうがいい気がするけれど」

「あとは、約束をすっぽかしたりとか」

「……それ、嫌われない?」

「わかりませんけど、彼女は大丈夫でしたよ」

「うーん……」


 シルヴィスさまとは同じアダルベラス城内にいるわけだし、文は使えないし、文が来るわけもない。

 仮に約束をしたとして、すっぽかす?

 ……いや、無理でしょ。

 約束を破るなどと本当は嫌なのだな、よし偽装結婚だ、ってなりそう。

 というか、それしか想像できない。


「ちなみに、ローザはそれを実践してみた?」

「しました」


 したのか。


「ど……どうだった?」

「成功していたら私は今頃、伯爵夫人です」

「……そう」


 駄目じゃないですかー。


 ドレーク伯爵夫人の話は、それは衝撃的なすごい話だけれど、どうやらその駆け引きには、もっと細かな、表情だとか話し方だとか機会の窺い方だとか、そういう技巧が必要なのではないだろうか。

 付け焼き刃で使いこなせる技術ではない気がする。


「いやいや、駄目だわ。ちょっとこれは高度すぎるわ。皆、参考にしちゃ駄目」

「そ、そうですね……」

「嫌われる未来しか想像できません……」


 なぜか安心したように、侍女たちは胸を撫でおろした。

 やはりローザは色気の出し方については戦力外だったか。


「姫さま。そもそも、陛下に好かれるにはどうしたらいいかという話でしたよね」

「そうよ」

「ならば、色気にこだわることもないのでは」

「そうなんだけど」


 でも、一番の難点は、やはり二十三歳という年の差で。

 そして私が子ども扱いされているという点なわけで。


「やっぱり、大人っぽくなるのが早道なんじゃないかと思うのよ」

「けれど姫さまがどうがんばったって、あの方のようにはなれませんよ」


 ローザの言葉に、侍女たちは首を傾げた。


「あの方?」

「あのようになりたい、という方がいらっしゃるのですか」


 なにやら取っ掛かりができた、と思ったのか、フローラたちが身を乗り出してくる。


「いる……んだけれど」

「どなたです? その方がわかれば、なにがしか思いつくかも。オルラーフの方? でしたら、どうしようもないですが」


 私は少々躊躇しつつも、もじもじと指先を弄びながら、その人の名前を口にした。


「ク、クリスティーネ……さま……とか」

「ハーゼンバイン辺境伯夫人?」


 その名を聞いて、フローラは目を見開いた。

 他の侍女たちも絶句している。

 しん、とその場が静まり返ったけれど、しばらくして、侍女たちがぽつぽつと口を開き始めた。


「あの方は……なんというか、別格というか」

「あれはもう、魔性の域ですよ」


 やっぱりそうか。


「そうよねえ。無理よねえ」


 がっくりと肩を落としてそう口にすると、慌てたように侍女たちが慰めてくれる。


「いえ、エレノア殿下と比べてどうこういう話ではないんです」

「王女殿下とは系統が違うというか」

「殿下は殿下で、とてもお美しいですよ」


 皆が一生懸命そう褒めてくれるので、私はがんばって頭を上げてみた。


「ありがとう、嬉しいわ」


 そう笑って言うと、侍女たちはほっと安堵のため息をついている。


「でも、クリスティーネさまほどではなくとも、少しでも大人っぽくなりたいのだけれど」

「あっ、じゃあ、少し紅の色を濃くしてみるとか」

「お化粧で印象が変わるかもしれませんし」

「とにかくやってみましょう」


 お茶会会場は、今度はお化粧会会場となる。

 化粧道具を皆が持ち寄って、ああでもない、こうでもない、と話し合ったあと。

 フローラが化粧筆を持って、私に化粧を施していく。


 しかし。


「う」


 声にならないような変な声を出して、フローラは固まった。


「ど、どうかした?」

「え、ええっと」


 言葉を探すフローラを差し置いて、


「びっくりするくらい似合いません」


 と、きっぱりとローザが断じる。


「ええー……」

「やっぱり十六歳で色気を漂わせるなんて、怖いです。姫さまは姫さまらしくあったほうがいいと思います」

「そうかあ……」


 手詰まり。参りました。

 はあ、とうなだれてため息をついていると、フローラがおずおずと私に尋ねてきた。


「あのう」

「はい?」


 顔を上げると、フローラが首を傾げてこちらを見つめていた。


「結局のところ、陛下に好かれたいということは、エレノア殿下は我が国王陛下を気に入ってくださっているということで、よろしいのでしょうか?」

「え? ええ、それはもう」

「まあ、まあまあ」


 フローラはなにやら感激したように、そんな風に声を出す。

 他の侍女たちも私の返事を聞いて、きゃっきゃっ、とはしゃいでいる様子だ。


 なんだろう、と首を捻っていると。

 フローラは満足げに口を開いた。


「なんだか少し、嬉しいのです」

「嬉しい?」

「我が国の国王陛下をそのように気に入っていただいているのは、国民としては嬉しいものです」


 フローラの言葉に同調するように、侍女たちは言葉を連ねる。


「そうそう、嬉しいのですわ」

「だって政略結婚ですし、お年が離れていらっしゃいますし……陛下はとても素敵な殿方ですのに、わかっていただけるかと思っておりまして」

「正直なところ、泣いて嫁がれてくるのではないかと思っておりました。そうしたら、陛下の良さを知らないくせに、などと心穏やかではいられなかったでしょう」

「陛下への侮辱は国民への侮辱、だなんて思ってしまったかも」

「けれど、このように陛下に好かれようとしてくださっているなんて」

「だから私ども、王女殿下のお世話を仰せつかって、とても光栄に思いますわ」

「みんな……」


 私は感激のあまり立ち上がり、皆と一人一人握手をして回る。

 ローザは口の端を上げてその光景を見ていた。


「がんばってくださいませね、王女殿下」

「私ども、応援しておりますわ」

「ありがとう、本当にありがとう」


 全員とそう言葉を交わしたあと。

 私は力いっぱい、声を上げた。


「わたくし、がんばります!」


 拳を握ってそう宣言すると、侍女たちから、わっと拍手が湧いた。


 ……いや本当に、なんだろう、これ。

 冷静になって考えてみると、そんな感想が出てくるわけだけれど。


 でも私、味方がたくさんできました!

 それはとても素敵なことよね!

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