第20話 勝ちました
舞踏会が終わって数日が経ち、落ち着いた頃。
シルヴィスさまはまた後宮へやってきた。
そして以前と同じように、客間に向かい合って座って、人払いをする。
「どうだっただろう、クロヴィスは」
「ええ、将来が楽しみですわね」
いやもう、それは本当に。
成長をずっと見守っていれば、シルヴィスさまの成長過程が見られるのではないかという気がします。眼福、眼福。
「気に入っていただけたようで良かった。では……」
「断固拒否します!」
私はシルヴィスさまの言葉をひったくり、そう力強く伝えた。
シルヴィスさまは以前と同じく、しばらく言葉を失って目を瞬かせたあと、目と目の間を指で揉んでいた。
いやいやいやいや。
本当に、私が拒否するだなんて微塵も疑っていなかったんですか。
「いや……余には、エレノアもクロヴィスのことを気に入っていたように見えたのだが。もちろん、クロヴィスも」
気に入ったのは気に入りましたよ。
でも、あなたの目は節穴ですか。
私はけっこう、あなたに対して熱っぽい視線を送ったつもりだったんですが。
「もちろん、かわいらしいですし、将来も楽しみと思います」
「だったら」
「でもそれは、結婚したいとか、そういう感情ではありません」
「いや確かに、まだクロヴィスは幼いし、そういう気持ちにならないのは無理からぬこととは思う」
うん、とシルヴィスさまは一つうなずいた。
「しかしクロヴィスを次期国王として名指しするには、もう何年か必要であるし、そうすれば」
うーん。諦めないか。
ならば攻め方を変えてみよう。
「あのう」
「うん? なんだろうか」
「もしかして、他にお好きな方がいらっしゃるんですか」
自分で口にしておきながら、なんだか胸が痛んだ。
シルヴィスさまは、心底驚いたのか目を見開く。
「余にか?」
「ええ」
「いや? いないが」
そう否定すると首を横に振った。思ってもいないことを訊かれた、という表情をしている。
これが演技なら、役者になれますよ、と言えるくらいだ。
「ここまで執拗にクロヴィス殿下をわたくしに勧められるのは、そういうことかと……」
「以前にも言ったと思うが。余がエレノアを気に入らないということはない」
「言われましたけれど……でも」
口にするのは、なんとなくためらわれた。
いや、でも、思い切って言ってしまおう。
行けー!
「あの……ほら……ク、クリスティーネさま……みたいな、お綺麗な方とか……たくさんいらっしゃいますし……」
心の中では威勢のいいことを思っていたのだけれど、口にしたのはそういう弱々しい言葉だった。
ああ、私のいくじなし!
「クリスティーネ?」
「え、ええ」
「彼女とはそういう関係ではないが。そもそも彼女は辺境伯夫人だ」
考えるまでもない、とでも言いたげにシルヴィスさまは答える。
そうなんだろうか。
でも少し疑ってしまったのは事実だ。
だってクリスティーネさまは、なんだか……そう、悲しい恋をシルヴィスさまにしていたような、そんな表情をしていらしたのだもの。
「だいたい、余には恋愛経験がない」
きっぱりと告げられたその言葉に、私はあんぐりと口を開けてしまった。
衝撃の発言。
ええ? 御年三十九歳にして、恋愛経験がない、ですと?
シルヴィスさまは肩をすくめて続ける。
「当たり前だろう。余が王太子となった瞬間に、婚約者は決まっていた。その婚約者はまだ生まれてもいなかったが」
そう言われると、確かに。
ダンスも踊り慣れてない風でしたものね。
「クリスティーネには申し訳ないことをしてしまった。だから彼女には幸せになって欲しいとは思うが」
「申し訳ないこと?」
「ああ、いや、これはこちらの話だ」
少し目をそらして、シルヴィスさまは私のほうに手のひらを立てて制した。
「とにかく、好いた女がいるからエレノアと褥をともにしない、ということではない」
「そう、ですか」
本当に、心底、こんなに年の離れた自分と結婚すると不幸になるから別の人と結婚してくれ、ということなんだろう。
まさか自分が乞われるだなんて、夢にも思ってなさそうだ。
「だから安心して……というのも変な話だが。とにかく、エレノアの良いようにしたいと思っているのは本当だ」
「はあ」
テーブルの上で手を組んで、こちらを真剣な眼差しで覗き込んでくる。
私のためを思って提案してくれているんだろう。
でもそれは、大人が「言う通りにすれば間違いないんだから」と子どもに言い聞かせているような、そんな感じがして仕方ない。
私はそんなこと、望んでいないのに。
「わたくしは、シルヴィスさまと結婚したいと思っております」
私は再度、そう伝える。
「エレノア」
「わたくしはこれから、シルヴィスさまと恋をしていきたいのですわ」
まっすぐにその濃緑の瞳を見つめて、そう語り掛ける。
シルヴィスさまは戸惑うように視線を泳がせたあと、ふっとそらした。
あれ。この動き、以前も見たような。なんだろう。
「恋もなにも……。お互い、まだなにも知らないではないか」
若干、声に揺らぎがあるように思えた。
「じゃあ知りましょう」
私は身を乗り出した。
なんだかよくわからないけれど、とにかくシルヴィスさまは、今、動揺している。
畳み掛けるなら、ここだ! と私の直感が囁いている。
「お互いを知っていきましょう! それでお互いを好きになったら、普通に結婚! それでいいじゃないですか」
「無駄なことを……二十三もの上の男に恋など」
シルヴィスさまはそんな風に言うけれど、私はこれみよがしに、大きく大きくため息をついてみせた。
「年をとると、頭が固くていけません」
そして何度も首を横に振る。
シルヴィスさまは、わずかに眉根を寄せた。
「その年寄りと、そなたは結婚したいと言っているように思うのだが?」
「そうですよ? 年寄りだから聞こえなかったんですか?」
私がしれっとそう答えると、シルヴィスさまは返事の代わりに、苛立ったように何度もテーブルの上を指でトントンと叩いていた。
そうでしょう、そうでしょう。腹立たしいでしょう。この小娘め、と思うでしょう。
さあ、男ならば、乗ってきなさい!
シルヴィスさまの、指が止まる。
「わかった」
彼は、ため息とともにうなずいた。
勝った。
「ともかく、お互いを知り、好意を寄せ合うようになった暁には、普通に結婚、ということだな?」
「そうです」
「嫌になったらいつでも言ってくれて構わないぞ。そのときには退位の準備を始めよう」
「嫌になったら、ですよ。わたくしが嫌にならなければ、そのままなんですからね」
「わかっている」
「男に二言はないですね?」
「ない」
もしかしたら、『乗せられたのか』とほんの少し、心の中で後悔しているかもしれないけれど。
でもこれで、言質は取りました。
ふっふっふ、勝ったも同然です。
私は絶対に嫌だなんて言わないもんね!
ほーっほっほっほ、と高笑いをしてやりたい気分になったけれど。
わずかに不安げな表情をしているシルヴィスさまを前に、私はそれを必死で我慢したのだった。
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