第17話 美女がお困りになっていました

 お披露目舞踏会の一日目がなんとか終わり。

 私は後宮の自室で寝衣に着替えて、ベッドに身体を埋めていた。


「お疲れさまでしたね、姫さま」

「うん、疲れたかも」


 私の脳の許容範囲を超した人数を紹介され、眠ったらすべて忘れてしまうんじゃないかと思うと怖い。


 なのでさきほど、思い出せる限りの人間の覚え書きをしてみた。

 けれどそれを覗き込んだローザに思いっ切り否定されたのだ。


「髪型とかドレスの色や形を書いてどうするんですか。明日も同じドレスを着るとでも? 男性陣に至っては、『お腹が出ている、ちょっと下品、頭が涼やか』ばかりで区別がつきません」


 それについては、自分でもちょっと気付いてはいた。


「だってアダルベラスの人って、栗色の髪と濃緑の瞳の人が多いから」

「顔の造作で覚えてくださいよ」

「覚えてる……つもりなんだけれど」


 けれど覚え書きをしようと思うと、なんと書けばいいのかわからなくなる。

 ああ、この三日間、同じ服装、同じ髪型、同じ装飾品で出席するように通達したい!

 それが無理なら、名前を書いた札を首から提げておいて欲しい。

 あれ、これ、名案じゃない?


 そんなくだらないことを考えていると、フローラがくすくすと笑いながら助け船を出してくれた。


「一日であの人数は、どなたであっても無理でございましょう。大丈夫でございますよ、私がきちんと補佐いたします」


 できる女に言われると、安心する。


 ローザもローザで、顔と名前を覚えようとはしているようだ。

 でもきっとローザは、領地の状態とか、現状の財産とか、そういうのに特化しているんじゃないだろうか。

 いや、それはそれで必要だけれど。


「それよりも、ゆっくりお休みくださいませ。お肌が荒れてしまいますよ。あと二日間ございますから、焦ることはありません」


 フローラにそう進言され、私はおとなしく寝所に入ることにしたのだった。


 ベッドに寝転がった姿勢のまま、ローザに尋ねる。


「ねえ」

「なんでございましょう」

「私、色気ってある?」


 私の言葉に何度か目を瞬かせたあと、ローザは小さくため息をついた。


「なにを仰るのかと思えば」

「重要なことなの」

「皆無、とは言いませんけれど」


 ないのか。


 シルヴィスさまとクリスティーネさまが並ぶと、まるで素敵な恋物語の挿絵のようだった。

 もし政略結婚という枷がなかったら、シルヴィスさまは彼女を選ぶのではないかしら。私ならそうするわ。

 だったら、できれば私もああなりたい。


「どうやったら色気って身に付くのかしら」 

「恋とかすればいいんじゃないですか」

「そんなおざなりな返事を」

「私に訊かないでくださいよ、そんな高等技術」

「高等技術」


 そうか、色気って、そんなに難しいものなのか……。

 ローザが駄目なら他の侍女に訊いてみようかな。フローラとか。できる女だし。


「というか、十六歳で色気を漂わせているほうが怖いです」


 呆れたような声音でローザは意見を述べる。

 そう言われると、そうなんだけれど。


「でも、シルヴィスさまの妻になるんだから、そういうの必要かなって思って」

「すごい美人見たからって、慌てたってどうしようもないでしょう」


 あら。見透かされてる。


「姫さまには姫さまの良いところがあるんですから、自信を持ってくださいな」


 珍しく柔らかな口調でそう語り掛けてくると、ローザはランプを消しにかかる。

 なので私は慌ててベッドの中に潜り込んだ。


          ◇


 舞踏会の二日目は、一日目よりももっと大変だった。

 ローザの言う通り、もちろん全員が違う装いだった。

 顔と名前もそうだけれど、一日目になにを話したか、それも覚えていないといけない。

 それでもなんとか笑顔を保ったまま、いろんな方々と挨拶をしていく。


 すると、目の端にまたあの美女が現れた。クリスティーネさま。

 けれど今日は、なんだか少し、引きつったような笑顔を浮かべている。


 うん? と気になってそちらを見てみると。

 なんと、あの独身公爵さまがクリスティーネさまに絡んでいるところだった。

 どうやらダンスに誘っているのではないかと思われた。

 クリスティーネさまはなんとか笑顔でかわそうとしているけれど、公爵さまはしつこく誘い続けているように見える。


 ああ……人妻ですものね……。

 私はなんだか納得してしまって小さくうなずいたけれど、いやいや、と頭を振った。


 クリスティーネさまがお困りだわ。

 それに、人妻と見れば見境なし、なんて良くない! 『恋夢』のアルに謝れ!

 あなたの顔と名前だけは、きっちり覚えているんだからね、美形の独身公爵さま!

 えっと……えっと……うーんと……トラウトナー公マリウスさま?

 いけない、おぼろげだった。


 と、とにかく。

 高位貴族同士だから誰も口を出せないのかしら。いやこの舞踏会に出席しているのは全員、高位貴族のはずだけれど。誰も彼も、我関せず。侍女や侍従や使用人たちは、もちろん手は出せない。

 というか、夫である辺境伯閣下はまだ来ていないのかしら。そうよね、いたら、彼女の傍にいるはずだものね。そうしたら、あんなことにはなっていない。


 一人だけ、少し離れたところでどうしようかと迷っている男性を見つける。飲み物を両手に一つずつ持って、二人を見ておろおろしている様子だ。


 行け! と念じるけれど、幼い頃に持っていた熊のぬいぐるみに似たその人は、少しして肩を落とした。

 もしかしたら彼もクリスティーネさまを誘いたくて、でもマリウスさまを前に諦めてしまったのかもしれない。

 マリウスさまは、あれでも公爵さまだもの。そんじょそこらの貴族では太刀打ちできないのかも。


 ならば知れ! 他国の王族という権力を!

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