第14話 王弟一家にお会いしました
皆が踊ったり歓談したりして、なんとなく場が和やかになってきた頃。
ある人物が遅れて入場してきた途端に、少々の緊張感が流れた。
ケヴィン王弟殿下だ。全体的に出ている人。
「陛下、遅れて申し訳ありません」
彼はまっすぐに私たちがいるところにやってきて、そう謝ると頭を下げた。
私の隣に立つシルヴィスさまは軽くうなずく。
「いやなに、三日間もあるのだ、都合の良いところで顔出ししてもらえればそれでいい」
なにを気にする風でもなくシルヴィスさまはそう返した。
王弟殿下はこちらにも振り向くと、再び頭を下げる。
「エレノア王女殿下にも、失礼いたしました」
「いいえ、来てくださった、それだけで十分ですわ」
私がそう返して微笑むと、あちらも微笑んでくる。
「なにかあったのか?」
そうシルヴィスさまが問うと、王弟殿下は軽く肩をすくめた。
「いやはや、お恥ずかしい話ではありますが……。我が妻が、エレノア王女殿下とドレスの色が似ていると駄々をこねまして、着替えに付き合いまして」
「まあ」
先に示し合わせていられたら良かったのだろうけれど、入国したばかりというのもあって急遽ドレスを決めたから、似てしまったのだろう。
「お気を使わせてしまったわ。それは申し訳ないことを」
「いえいえ、私の目から見れば似ているとも思えなかったのですがね。女性の考えることはよくわかりませんな」
私の発言に、王弟殿下は苦笑で応える。
「なにより着ている人間が違うのですから、似ようはずもありません」
うん? どういう意味?
私がなんと答えればいいのか迷っていると、王弟殿下はにやりと笑って続けた。
「エレノア王女殿下は若い上にお美しいですからな、愚妻ではとてもとても」
そう言われてどう答えればいいのか。嫌な感じだ。
褒められている気がまったくしないし、へりくだるにも、妻を貶める言い方はこちらも不愉快だ。
「そのようなことはない。エルマ殿もお美しいご婦人だ」
シルヴィスさまが私の代わりにそう答えてくれたので、ほっと息を吐く。
そこで終わればいいものを、なぜか王弟殿下は食い下がってきた。
「まさか。エレノア殿下に比べれば、とてもとても。本当に陛下が羨ましい。このように若く美しい女性を娶られるとは」
そう語って、にこにことこちらを見てくる。舐めるように。上から下まで。
……なんだか、嫌だわ。
私はつい立場を忘れて、半歩だけシルヴィスさまのほうに身体を寄せた。
もしかして私の機嫌を取りたいのだろうか。シルヴィスさまを持ち上げたいのだろうか。
でもどうにも値踏みされているような視線が、……気持ち悪い。
「お褒めいただき恐縮ですわ」
けっきょく私は、それだけしか答えられなかった。
「ああ、来たようです」
そこで王弟殿下は振り向いた。
こちらに向かって歩いてくる、一人のご婦人。
そしてその横にいる、少年。
その少年を見た瞬間、さきほどまでの不愉快な気持ちが私の中から吹っ飛んだ。
かっ……、かわいい!
小さなシルヴィスさまだわ! もちろん髭はないけど!
そう叫びたくなったけれど、私は唇を笑みの形で結んで我慢した。
いやあ、これはけっこうな強敵だわ。なるほどなるほど。
二人は私たちの前で立ち止まると頭を下げた。
「遅れまして申し訳ありません、陛下。それに、王女殿下」
夫人がそう謝罪する。
確かにシルヴィスさまが言ったように、美しい人だった。けれどなんだか自信なさげに視線を泳がせていて、そして背筋が伸びていなくて、魅力も半減しているのではないかしら、と思う。
「いや、どうやら気を使わせてしまったようだな」
「いいえ、こちらの不手際にございます」
そう返して目を伏せる。
「お初にお目にかかれて光栄です、王女殿下」
そしてこちらに目を合わせないまま、夫人はそう頭を下げた。
「こちらこそ、光栄ですわ」
私のその言葉に小さく礼をすると、夫人は王弟殿下の陰に隠れてしまった。
なんというか、敵意はまったく感じられないのだけれど、交流を深めるつもりもないらしい。
人付き合いが苦手な人なのかしら、と心の中で首を捻る。そういう人が、ドレスを着替えたいと駄々をこねるというのが、どうにもそぐわないけれど。
ふと視線を感じ、横に目を向ける。
小さいシルヴィスさまがこちらを見上げていた。
ああー、これはかわいい。
シルヴィスさまと同じ、栗色の髪、濃緑の瞳。きりりとした眉。薄い唇。髭がないので、なおさら整った顔立ちが際立つ。
きっとシルヴィスさまは、子どもの頃はこんな感じだったに違いないわ!
「御目文字叶いまして光栄ですわ、クロヴィス殿下」
私はドレスの裾を持ち上げて、淑女の礼をする。
「お初にお目にかかる。エレノア殿下、こちらこそ光栄だ」
クロヴィス殿下はまだ声変わりしていない高い声だけれど、大人びた口調でそう挨拶すると、私の手を取って自身の唇に寄せた。
おお? 姿は子どもだけれど、行動は大人の男のそれだわね。
なるほど、なかなか良い男になる、というシルヴィスさまの評価は、甥だからという欲目だけではなさそうだ。
私は心の中で、かわいいかわいい、と繰り返していたのだけれど。
そこで、はた、と気付いた。
たった八歳の差で、本当に子どもにしか見えない。
つまり、二十三歳も離れたシルヴィスさまから見た私は、当然、子どもにしか見えていないのだろう。
もしかしたら、妻にするという発想すら浮かばないのではないか。
だからあんなことを言い出したのではないか。
わかっていたつもりだったけれど、その事実を目の前にして私は少し考え込んでしまった。
うーん。それはちょっと困ったなあ。
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