第11話 舞踏会が開催されました
シルヴィスさまは私の宣言を聞いて、しばらく固まったあと。
目と目の間を指で揉んで、何事かを考え込んでいるようだった。
もしかして、私が断るだなんて欠片も疑っていなかったんでしょうか。
それから、なにかに気付いたように顔を上げると、こちらを向いた。
「もしや、余がそなたを気に入らないからこんなことを言い出した、と思っておられるのかな」
「……いえ、そんなことは」
思ってもみませんでした。
だって私、美人の部類に入るらしいし。嫌われるほど接してもいないし。
というか、提案されたことがあまりに衝撃的すぎてそこまで考えられなかった、というのもあります。
「気に入らないなどということは、決してない。エレノアは若くて美しいし、聡明だとも聞いている」
すごく褒められた。
けれど、なんだかあんまり嬉しくない。
なんというか、感じるのだ。
その言葉は女性に対して言っているものではない。
子どもを褒める親のような、そんな感じがする。
「確かに、荒唐無稽な話ではある」
なるほど。自覚はしているんですね。
「ではせめて、甥に会ってみてはどうだろう」
「クロヴィス殿下にですか?」
シルヴィスさまの提案に、私は小さく首を傾げる。
彼はひとつうなずくと続けた。
「そう。今はまだ子どもだが、甥ながら、なかなか良い男になると思っているのだが」
「わかりました。お会いします」
それで納得するのなら、それでもいいでしょう。
もしかして、その八歳のクロヴィス殿下が私の心を奪うなら……いやそれはない。私はシルヴィスさまがいいんだから!
「昨日言ったと思うのだが、三日間、内々ではあるが、そなたのお披露目を兼ねた舞踏会を開催する。そのときクロヴィスも参加する予定だ。それからでも決断するのは遅くないと思う」
「シルヴィスさまがそう仰るのであれば」
私の話をちゃんと聞いてくれるまで、お付き合いいたしましょう。
国王主催の、婚約者のお披露目舞踏会。
どんとこい!
◇
衣装室に売るほどあったドレスのうちから一着を選んで、侍女たちと宝飾品を吟味して、着込んで。
そして私はシルヴィスさまと大広間の扉の前に立っていた。
なにひとつ持ち込んでくれるな、こちらで用意する、と言われたからオルラーフにいた頃に寸法を測ったのだけれど、本当にたくさんのドレスが用意されていた。
シルヴィスさまは、これらのドレスの縫製には関わっていらっしゃるのかしら、と考える。彼の好みは本当にこれでいいのかしら。
ひとまず今日は、私の瞳の色と同じ空色のドレスを選んだ。たっぷりのドレープが入っていて、きっと踊ると広がって、美しいのではないかと思う。
「よく似合っているよ。とても綺麗だ」
微笑んだシルヴィスさまはそう褒めてくれるけれど、どうにも女性に対する賛辞には聞こえない。やっぱり子ども扱いなのが感じ取れる。
「ありがとうございます、シルヴィスさま」
私はできる限り美しいと思われるように精一杯の笑顔でそう答えるけれど、彼の瞳にちゃんと届いているのかしら。
っていうか、届け!
と念じていると、侍女が近くに寄ってきた。
私に付いている侍女を束ねているのは彼女、フローラらしい。私の好きな花を活けると提案してくれた侍女だ。
「皆さま、お集まりです。扉が開きましたら並んでご入場されたあと、玉座までまっすぐお進みください」
今日はローザはお役御免で、すでに中に入って来客の一人として参加しているはずだ。
なにせ今日は、婚約者お披露目の舞踏会。逆に言えば、アダルベラスの主要な人間を私に紹介する場でもある。
つまり、来ている全員の顔と名前を覚えなければならない。
内々の催しでさほど人数がいないとしても、アダルベラス側の人間が傍にいて私の補佐をしてくれないと本気で困る。なのでフローラが抜擢された。
「彼女、できる女ですよ」
と先日ローザが褒めていたので、なにかと安心だ。
私はひとつ、深呼吸をする。
私はオルラーフの王女。オルラーフの代表なのだ。不手際はひとつたりとも許されない。
「エレノア」
シルヴィスさまは右側に立つ私に向かって、右腕を曲げて肘をこちらに差し出した。
私はその腕に、自分の左手をそっと乗せる。
あっ、細く見えるけれど腕にもけっこう筋肉がついているのかしら。頼もしい。
もう一度深呼吸すると、シルヴィスさまを見上げる。すると彼はこちらを穏やかな表情で見下ろしていた。
「大丈夫だ」
そう声を掛けられると、なんだか少し安心した。
そうよ、緊張しすぎも良くないわ。雅やかに、麗しく、優美に。
私はオルラーフの王女として、何度だってこういう場には出ているのだから大丈夫。
よし、緊張も解けてきた。
「もし私が失敗したら」
「うん?」
「助けてくださいませね」
見上げてそうお願いする。
けれどそのとき私は、なぜか確信していた。
この人は、絶対に私を助けてくれる。私を見捨てることなんてない。
だから安心していいんだと。
シルヴィスさまは、またあの幼く見える笑顔を見せて、うなずいた。
ああ、やっぱり。
「もちろんだ」
見つめ合って笑ったところで、中から声が響いてきた。
「アダルベラス国王シルヴィスさま、並びにオルラーフ第一王女エレノアさまのお成りです」
同時に両開きの扉が開けられた。
中にいるたくさんの人たちが私たちに向かって拍手をしている。
真ん中に開けている道を、二人してゆっくりと歩く。
そして用意された玉座にたどり着くと、振り返った。
私は極上の笑みを浮かべて、そこにいる人たちに向かって、ドレスの裾を少し持ち上げて礼をする。
広間には、数えきれないほどのたくさんの人がいた。
まあ、そうですよね……。内々って言ったって、主だった貴族の方々は皆来ているんでしょうしね……。
三日間。三日間で、これだけの人の顔と名前を覚えなければならない。正直なところ気を失いそうだ。
いや、がんばれ、私。
私はオルラーフの王女であり、そして、シルヴィスさまの婚約者なのだ。
私が王妃としても有能だってところは、賓客の皆さまにはもちろん、シルヴィスさまにも見せておかないと!
不純だと言わば言え! 動機づけがなんだって、結果が良ければいいじゃない!
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