第5話 王城に到着しました
着岸して船を降りるとき、船に乗り込んでいた者すべてがこちら側に押し寄せてきた。
そりゃあ我が国が誇る大型帆船だから大丈夫とは思うけれど、そんなにこちらに荷重をかけて……いや本当に大丈夫かしら? 傾いているのが見た目にわかるのだけど。
私ははらはらしながら船を見守る。けれど彼らはお構いなしにこちらに手を振ってくる。
彼らは入国は許されていない。船を降りることができるのは、私とローザだけだ。
「姫さま、お達者で……!」
「姫さま、どうかお幸せに……!」
そう呼び掛けられながら私は船を降り、そして振り返って手を振った。
それを見た者たちは、一斉に泣き始めた。
いやいや、本当に悲観的すぎだから。
私を出迎えているアダルベラス側の人間が苦々しい顔をしているから、その辺で。
「エレノア王女殿下、お待ちしておりました」
アダルベラスの外務卿を名乗る男性は、そう挨拶すると頭を下げた。
「出迎え、ご苦労さま」
「はっ」
振り返ると、帆船はすでに出港準備を始めていた。
なので私は前に向き直る。
頭を下げる外務卿の後ろに目をやると。
「まあ、たくさんの人が集まっているのね」
周辺を見回しても、人、人、人。港町の建物の二階からも、窓枠にひしめき合うようにしてこちらを覗き込んでいる。
警備をしている衛兵が、四苦八苦しながら「押さないで!」「ここから前に出ないで!」などと声を張り上げている。
私はこっそりとローザに耳打ちした。
「もしかして、私、歓迎されてる?」
「まあそうでしょうね。今までずっと戦の危機だったわけですから」
「そうよね」
集まった人々は、こちらに向かって手を振っている。
なので私は軽く手を上げて、振り返した。
すると、わああ、と歓声が上がった。
おお、本当に歓迎されている。
「申し訳ありません、エレノア王女殿下、どうぞお早く馬車にお乗りください」
外務卿が慌てたようにそう声を掛けてくる。
「警備の問題もありますので」
「そうね、大変そうだもの。でも、わたくしを見に来てくださった民たちには、あまりに短い時間ではなくて?」
「は……」
「この中には、もしかしたら遠方から来た方もいるのではないかしら」
「ええ、いるようですが」
「それなら、せっかく来たのに数秒で終わりなんて、申し訳ないわ。もう少しだけ、いけないかしら?」
私が首を傾げてそう尋ねると、外務卿は黙り込んでしまった。
あら、まずかったかしら。
私はちらりと横目で付近の様子を窺う。何人もの衛兵が必死で民たちの前に両腕を広げているのが見える。
うーん、確かにこれ以上混乱を招くようなことはいけないかも。
「いえ、そちらも大変でしょうから、無理にとは言えないけれど」
私がそう気を使うと、外務卿はしばし考え込んだあと、にっこりと笑って答えた。
「王女殿下、我が国の民たちがそれを聞いたら喜びましょう。お気遣いに感謝します」
少し嬉しそうに笑ったので、どうやらまずい提案だったわけではないらしい。
私は心の中で安堵の息を吐く。
「けれどやはり危のうございます」
「……そう、残念だけれど仕方ないわ」
「では、ひとまず馬車に乗り込んでくださいませ。窓のカーテンを開けて、この辺りを一周させていただいても?」
それが最大限の譲歩らしい。
「ありがとう。ではそうしてくださる?」
私は用意された馬車に、ローザと共に乗り込んだ。
馬車はゆるゆると動きだす。
窓に引かれていたカーテンにそっと手を掛けると、上に持ち上げる。
たったそれだけのことに、馬車の外はわっと湧いた。
なんだか嬉しいわ。
私の未来が約束されたみたいじゃない?
ありがとう、ありがとう。皆さん、ありがとう!
カーテンを引いて窓から少し顔を覗かせて手を振ると、集まった人たちも手を振り返してくる。
みんな、笑顔だ。
うん。
いい国じゃないの!
ほら、なにも心配することなんてないわ。
そのあと外務卿の申し出通り、その辺りをぐるっと一周すると馬車は街道に入っていく。
なのでカーテンを元通りにすると、ふう、と息をついて座り直した。
「いい人たちばかりね! すっごく嬉しい。幸せだわ!」
興奮気味にローザにそう伝えると、彼女は小さく笑った。
「私は、姫さまのそういうところは好きですよ」
「そういうところは、ってなによ」
「なにって、そういうところです」
「……ふうん」
よくはわからないけれど、どうやら今回はローザに反論されることはないらしい。
◇
アダルベラス王城に到着して馬車から降りると、アダルベラスの侍女たちがずらりと並んで頭を下げた。
王城内の馬車どまりから周囲を見渡す。
振り返ると大きな木製の城門が見える。
城門の中は広場となっており、その真ん中には三段の噴水があって、陽の光を映してきらきらと輝いていた。
その周りにはたくさんの花壇があり、色とりどりの花を咲かせている。いくつか長椅子が設置されていて、今は誰も座っていないが、おそらく憩いの場になっているのだろう。
その広場の三方を回廊が囲っていて、私は今、その正面の辺に降ろされた。
私たちが乗っていた馬車について並走していた騎兵たちも続々と到着し、こちらに集まってくると頭を下げている。
回廊で待っていた、雰囲気的に一番偉い人っぽい人が私の前に立った。
「いらせられませ、エレノア王女殿下」
「お出迎えありがとうございます」
栗色の髪。濃緑の瞳。顔には少し皺が刻まれている。年の頃は三十代後半といったところか。
そしてお腹は出ている。というか、全体的に出ている。
うーん。となると。
「私は王弟に当たります、ケヴィンと申します。以後、お見知りおきを」
「ケヴィン王弟殿下、こちらこそよろしくお願いしますわ」
やっぱり。年齢的に、そして態度を見るに、そんな気はしてました。
そうかあ。そうよねえ。
私はなるべく王弟殿下のお腹に視線がいかないように我慢する。
私の斜め後ろに控えているローザの表情は、見たいような、見たくないような。
「長旅、お疲れ様でございます」
「労いのお言葉、感謝しますわ」
「しかしお疲れのところ申し訳ないが、陛下との謁見の前に、お湯浴みをしていただかなければなりません」
「お湯浴み?」
「船旅でしたから、エレノア王女殿下も身を清めたいだろうとの陛下の思し召しです」
なるほど。そうきたか。
何ひとつ持ち込んでくれるな、という話だったから、当然、このドレスも持ち込んではいけないのだろう。
ああん、せっかくお気に入りのドレスを着て来たのに。
もしかして、燃やされちゃったりするのかしら。毒なんて仕込んでないのに。
「そちらの侍女殿も」
「かしこまりました」
ローザはどうやらこの展開は予想していたらしく、特に疑問もなさそうだった。
そんな風に私たちは王城に到着するやいなや、湯殿に連れて行かれたのだった。
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