第13話 【side】惰聖女さん、断固として実家からの誘いを断ってしまう。


 アリシアは遅い昼食を終えてからギルドに戻ってきた。


「お疲れさまでした。こちらが報酬になります」


 受付嬢が慣れた手つきで書類と報酬の金貨を手渡す。


「ありがとうございます」


 アリシアは一つ息をついてから報酬を受け取った。


(お金も結構もらえたな……疲れたけど)


 冒険者の仕事はアリシアの想像していたよりもかなり大変だった。モンスターを倒すのは簡単だが、移動が疲れる。

 昨日と今日は今までの人生で一番歩いた二日間であった。


(しばらくクエストはいいかな……)


 当面の生活費は稼いだので、勤労意欲が失せてしまったというのが正直なところだった。

 アリシアは基本的にはダラダラしたい。


 ――けれど。そんなアリシアのことを周囲は勘違いしている。


「あの、こっちのクエストもお願いできますか」


「え……?」


 アリシアは思わず間抜けな返事をする。


「前に攻略が済んだダンジョンから、なぜかミノタウロスが出現したみたいなんです。他の冒険者では太刀打ちできないレベルのモンスターなので、アリシアさんにお願いしたいんです!」


 と、受付嬢は書類をアリシアに見せた後慣れた手つきで処理していく。

 アンガスから“武勇伝”を聞いた受付嬢は、まさか依頼を断られるはずもないと確信していたのだ。


(あれ、あれあれ!? まだ働かないといけないの!?)


 そんなアリシアの心の声は届かない。 

 ――周囲の中では“自分を犠牲にして働くアリシア像”が出来上がってしまっているからだ。


「では、場所はこちらになります。どうぞよろしくお願いします」


「あ……はい」


 言われるがまま書類を受け取り、気が付けばクエストの受注が完了していた。


(っていうか……クエストってお願いされたら断れないの……?)


 その実、アリシアが強く拒否すれば、クエストを無理やり向けつける必要はないのだが、冒険者初心者のアリシアにはそのあたりの雰囲気が分からない。それゆえ、受付嬢の言う通りにクエストを受けるという選択肢しかなかったのだ。



 †


 ダンジョンを必死で駆け抜けボスを瞬殺し、夜までには街に帰ってきたアリシア。


「アリシアさん、こんなに早く倒してくるなんてさすがですね!!」


 アリシアの苦労をよそに、受付嬢はキラキラした目で彼女を見た。

 周囲も感嘆の声を漏らす。


「聖女様はやっぱりすげぇ……」

「1日にAランクのクエストを2個もこなすなんて」

「しかも二つ目は一人で攻略しちまったぜ」


 だが、周囲の称賛はアリシアの耳には届かない。とにかく疲労困憊だった。


(疲れた……。どう考えてもわたし働きすぎぃ……)


 ダラダラ惰性で生きることを是として生きてきたアリシアにとって、朝から夜まで働くなどもっての他であった。


 だが、そんなアリシアに受付嬢は無常な言葉を告げる。


「では、明日はこちらの依頼をお願いします。ちょっと遠い場所なので朝7時にはギルドを出ていただかないといけないのですが」


 そう言って、明日のクエストも勝手に受注されてしまう。


(あ、明日も!?)


 気が付けばすらすらと書類が処理され、アリシアの明日の出勤も決まってしまう。


 アリシアは冒険者になったばかりで、ギルドに頼まれた仕事でも断ることはできるという事実がわかっていなかった。

 それゆえに、たたただ辟易とすることしかできなかった。


 宿に帰りバタンとベッドに倒れこむアリシア。


「……わたし、一生懸命働いちゃってる??」


 その事実に気が付き愕然とする。

 <省力化>といういかにもダラダラ生きるために有用そうなスキルを得て、楽な生活を夢見ていたが、どうも雲行きが怪しくなっていた。


「こんなはずじゃ……!」


 †


 翌日もAランククエストを2つこなし、そしてその翌日もやはり2つこなしたアリシア。


「つ、疲れた……」


 アリシアはギルドの外でそう呟く。

 Aランク冒険者になって、悠々自適な冒険者ライフを送るぞ、という目論見は見事に外れ、なぜか毎日働きづめの毎日であった。


 また次のクエストを受注させられると思うと憂鬱であった。それゆえ、ギルドに戻る足が止まってしまう。


 ――だが、そんなアリシアの前に現れたのは、彼女をさらに憂鬱にさせる人物であった。

 

「おい、アリシア、探したぞ!!」


 鼻息荒く詰め寄ってくる中年の男。

 アリシアのよく見知った人間である。


 実の娘を家から追放したルード・ローグライト侯爵――アリシアの父に他ならなかった。


「お、お父さん……」


 突然現れた父――あるいは元父と言うべきか――の姿にアリシアは目を丸くする。

 自分と絶縁を宣言し家から放り出した人物が、なぜ目の前に現れたのか。そんな疑問が浮かぶ。

 だが、その答えはすぐにルードの口から明かされた。


「アリシア喜べ! お前が中央騎士団に大隊長待遇で迎えられるよう、手はずを整えてやったからな!」


 ――突然の言葉。


(えッ!? 騎士団!? 大隊長!?)


 父の言葉に思考が追いつかない。

 「二度とローグライトの家名を名乗るんじゃないぞ!」と言われ、実家を追い出されたのがつい先週のこと。

 それがいきなり王国の中枢を担う騎士団に入ることになったとなれば、天地がひっくり返ったとしか言いようがなかった。


(なんでいきなり騎士団に入ることになってるの!? どういうこと!?)


 頭の中に無数の疑問符が浮かぶ。


「我がローグライト家に戻ってきていいぞ! 」


 父親は相変わらず鼻息荒くそう告げてくる。

 だが、どんな条件にせよ、一つだけわかっていることがあった。


「いやいや、ムリムリムリムリっ!」


 ――アリシアの身体は拒絶反応を示していた。


(騎士団なんてそんなのめんどくさすぎるでしょ!! 冒険者でさえめんどくさいのに

!)


 騎士といえば、この国の中枢を担う戦士だ。

 日々、凶暴なモンスターとの戦いや、王侯貴族の警護といった危険な任務に明け暮れている。

 そこに自分が加わるなんて、アリシアには想像すらできなかった。

 彼女からすれば、騎士になるなどという選択肢は絶対にありえない。


 ――だが、そうなると困ったのは侯爵のほうだ。

 

「な、なんだと!?」


 王子には、アリシアを家から追放した事実は隠したうえで、既に快諾の返事をしてしまっている。今さら「無理でした」なんて言えるはずもない。


「お、おい、アリシア! わかってるのか!? 騎士団だぞ!? しかも大隊長だぞ!?」


 ルードは額からダラダラと汗を流しながら、アリシアに詰め寄った。


「ムリです! 絶対ムリです!」


 だがアリシアの回答が変わるはずもない。


「わたしはダラダラ生きていきたいだけなんで! それじゃ!!」


 と、アリシアはそう言い切って、その場から全速力で逃亡した。


 その背中を呆然と見守るルード。 


(どどど、どうすれば!? 王子様にはどう説明すればいい!?)


 まさか娘に断られるなどとはつゆほども考えていなかった父は、娘の拒絶にただ呆然とするのであった。


 †


 父の前から逃走したアリシアは、そのまま宿に戻った。


「もう疲れた!!」


 そのままバタンとベッドに倒れこむ。


 冒険者の仕事は想像以上に疲れるし、父親には騎士になれと言われる。


「どいつもこいつも“働け”ばっかり!!」


 ダラダラ生きていきたいだけの惰聖女さんにはあまりに辛すぎる現実であった。


 それゆえ彼女は一つの決意を固めた。

 紙を取りだし、そこに筆を走らせる。



  “探さないでください!!”


 そうデカデカと書いて、机の上に張りだす。


「湖でも見てぼーっとしよう! バカンスだぁ!!」


 

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