第8話 惰聖女さん、うっかり敵が全力だと気が付かず、クソでか煽りをしてしまう。


 アリシアは受付のお姉さんに連れられて、ギルドの裏にある広場にやってきた。


 街で一番の実力者であるBランク冒険者と、聖女のクラスを授かった人間の対決ということもあって、注目度は高い。建物の中にいた冒険者たちも観客席に集まってきて、ちょっとしたお祭り騒ぎになった。


「改めてですが、試験は模擬戦形式です」


 お姉さんがアリシアに説明する。


「こちらの<加護の指輪>を付けて戦っていただきます。これで一度だけ攻撃を防ぐことができますから、安心して戦ってください。この指輪の張る結界が破られたら試合終了です」


 アリシアは指輪を受け取り指にはめる。


 すると、アンガスが脇からちゃちゃをいれた。


「まぁ外れクラスの“堕聖女”さんには、最低ランクのFランクがお似合いだろうがな」


 その煽りに対してアリシアは無視を決め込んだので、お姉さんも気にせず説明を続けた。


「戦いぶりを見てどのランクがふさわしいかを判定するのが目的です。相手は上級冒険者ですから、何も倒す必要はありませんからね」


 お姉さんは“新人がBランク冒険者に勝てるはずがないから”という意味でそう言った。

 だがアリシアは勘違いする。


(倒す必要はない……なるほど、つまり防御力を見ているのね。確かに、冒険者は危険と隣り合わせだし、防御は何より大事だよね)


 うんうんとアリシアは一人で得心する。

 ――なぜか、かけ違いが起きていた。


「それでは、さっそくだけど試合を始めます」


 お姉さんに誘導され、二人は10メートルほど離れた位置に着く。


「おいおい、止めるなら今だぜ」


 アンガスが嘲笑を浮かべてそう言った。

 けれど、アリシアは意に介さない。


「それでは――――試合開始!!」


 お姉さんの言葉で模擬試合が始まった。


 先に動いたのはアンガスだった。


「――くらええ!!」


 そう言った次の瞬間、アンガスの前に巨大な火炎が姿を現した。


「おいおい、いきなり十八番の“ドラゴン・ブレス”かよ!?」

「しかも、無詠唱で発動してやがる!」

「鬼畜だな! 容赦ねぇ!」


 アンガスは最上級攻撃スキル<ドラゴンブレス>を放った。

 しかも、その事実を悟らせないために、上位技術である<無詠唱>まで使って。

 技を受ける方からすれば、何の前触れもなく最大級の火炎攻撃が飛んでくるのだからたまったものではない。


 ――もちろん、アンガスもこの技でアリシアを殺そうと思っているわけではない。

 あくまで、アリシアに力を見せつけることが目的だ。

 だから、あえて狙いを外し、アリシアの手前までを攻撃範囲にしていた。

 アリシアが回避したり防御したりできなければ、多少のけがは負ってしまうだろうが、それくらいは“冒険者なら”許容範囲と考えていた。


 だが。


「――<バリア>!!」


 アリシアは両手を前に出して、基本の防御スキル<バリア>を発動した。

 透明な防御壁を張って攻撃を防ぐというシンプルなもので、通常は、気休め程度の防御にしかならない。


「そんな技じゃオレの攻撃は防げないぜ!!」


 アンガスは目の前の少女の“けなげな抵抗”をあざけわらう。


 ――だがアリシアは“省力化”の力を使って、薄い結界を何重にも重ね合わせていた。

 一枚一枚は薄い結界も、何百枚と重なれば絶大な威力を発揮する。


 アンガスの放った火炎と、アリシアの結界が激突して爆音を鳴り響かせる。

 あたりに衝撃が走り、土煙が全員の視界を奪った。


「アンガスさんの必殺技、やっぱりすげぇ威力だな!」

「おいおい、あの子大丈夫かよ!?」


 周囲の人間がそんな感想を漏らす。

 だが、土煙が晴れたその先に見えたのは、誰にとっても信じられない光景だった。


「な、なにぃ!?」


 アンガスは驚愕に目を見開く。


 視界が開けた時、まっさきに視界に入ってきたのは、無傷のアリシアであった。


 <ドラゴンブレス>の衝撃によって地面はへこみ、レンガのように焼かれて色が変わっていた――アリシアの前方1メートルほどを除いて。

 クッキリと、どこに結界があったのか分かるほど跡が残っている。

 ドラゴンブレスの攻撃はアリシアの周囲にはただの少しも傷をつけることができていなかった。


「……あ、ありえねぇ!」

「ドラゴンブレスが全然効かなかった!?」

「アンガスさんが手加減したのか!?」


 ギャラリーが驚愕の声を上げる。

 だが誰より驚いているのはアンガスだった。

 <バリア>という超基本スキルで、最上位スキルのドラゴンブレスを防がれた。狙いは外していたとはいえ、ここまで徹底的に弾かれるとは想像していなかった。


「いや、何かの間違いだ……」


 アンガスは小さくつぶやいてから、今度こそとばかりに魔力を練り上げる。


「――くらえぇええ!!」


 相手が“新人”だということを忘れ、アンガスは本気でドラゴンブレスを放った。

 今度は狙いを外さない。加護の指輪の結界を突き破ってしまうかもしれないが、最悪でも死にはしないだろうと考えてた。


 だが。


「<バリア>!」


 再びアリシアの周囲を透明な結界が包み込む。そしてアンガスの放った炎は彼女を中心に二つに避けてしまう。


「な、なにぃぃぃ!!」


 だが、アリシアはやはり基本の技の<バリア>でその攻撃を完璧に防いでしまった。

 正真正銘手加減なし、本気の本気で放った攻撃が完璧に防がれ、唖然とするアンガス。


(いったいどうなってやがる!?)


 Bランク冒険者である自分の最大の攻撃が、クラス分けを終えたばかりの新人に防がれた。そんなことアンガスの経験ではありえないことだった。


 一方、アリシアの方は極めて冷静に――見当違いな乾燥を抱いていた。

 

(なんか、スゴそうな攻撃だと思ったけど、意外と大したことない??)


 アンガスが無詠唱でスキルを使ったため、自分が防いだ攻撃が、最上位スキル<ドラゴンブレス>だと分かっていなかったのである。それゆえにまったくもって見当違いな結論に至る。


(わたし、なめられちゃってる?)


 それまで<堕聖女>と煽られいたこともその勘違いぶりに拍車をかけた。


(どれだけ防御できるかを見る試験だもんね。もっと強い攻撃を防御できるって証明しないといけないよね?)


 ――自分が舐められているから、力を抜かれてしまっている。

 そう思ったアリシアは、その実困惑しているアンガスに対して、大声で言い放つ。


「本気を出してもらって大丈夫ですよ!!」


 自分の言葉が“クソでか煽り”になっているとはつゆ知らず――――


「な、なななな、なんだとッ!?」


 その言葉で、驚きが怒りに変わった。


「舐めるなよぉぉ!?」


 ならば、と。アンガスはアリシアに向かって駆け出す。

 そしてそのまま跳躍し、右の拳を大きく引いて、アリシアへ向かって振り下ろす。


「“ドラゴン・フィスト”ぉ!!!!!」


 これまた最上級の打撃スキルで起死回生を図る。


(や、やばい!?)


 アリシアも並々ならぬ気迫に気おされて、半歩後ろに足を引いた。

 

 ――けれど。


「<バリア>!!」


 再び結界を何重にも展開する。

 その結果――――


 アンガスの拳は、厚い結界に阻まれ、そしてその勢いはそのままアンガスへと反作用する。


「ぐああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!」


 弾かれ、そのまま円を描いて後方に吹き飛ばされるアンガス。

 そのまま落下して、頭から地面に突き刺さる――――


 広場は静寂に包まれた。

 そして誰かがポツリという。


「あ、あいつ<バリア>だけで、アンガスの野郎を倒しちまったぞ……」

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