第9話 惰聖女さん、うっかりAランク冒険者になってしまう。
「あ、あいつ<バリア>だけで、アンガスの野郎を倒しちまったぞ……」
その事実にギルドにいた誰もが驚愕した。
<バリア>は冒険者なら誰でも使える初級スキルだ。
だが、アリシアはそれだけを使ってBランク冒険者に完勝してしまった。
「あれ、なんか勝てちゃった?」
一人、ぽかんとするアリシア。
聞いていたのは「相手は上級冒険者ですから、何も倒す必要はありませんからね」という話だった。しかしふたを開けてみれば、防御しただけで相手が
拍子抜け、というのがアリシアの正直な感想だった。
「こ、これはどうなるんですか?」
誰かが受付嬢に訊く。
「ええっと……ちゃんとギルド内で確認しますが……」
と前置きをした後、
「Bランク冒険者相手に圧勝したのですから、Aランク冒険者として認定することになりますね……」
受付嬢のその言葉に、試験を見守っていた誰もが色めき立った。
「は、初めてのAランク冒険者だ……!」
「この街からAランク冒険者が出るのか!!」
「英雄の誕生だッ!!」
通常、Aランク冒険者は、王都や大都市にしかいない貴重な存在だ。まさしく国を引っ張っていくような存在である。
当然のことだが、クラスを与えられた直後にいきなりAランクになってしまうなど前代未聞だった。
「わたしが……Aランク?」
「ええ。一旦は仮免許で、ちゃんと本部に許可をもらってから本免許を発行しますが……とにかくAランクはAランクです」
普通の人間なら、あなたは今日からAランクですと言われれば、この世のすべてを得たような気分になるだろう。
けれど、アリシアにとって――ダラダラ生きたいだけの彼女にとって、それは素直に喜んでよいことなのか、すぐにはわからなかった。
「あの、Aランクって何かメリットとかあるんですか?」
アリシアが単刀直入に聞くと、受付嬢は目を輝かせながら答えた。
「もちろんですよ!! どんな難易度のクエストだって受けられますし、それに望めば騎士団に迎えられる場合もあります」
だが、その答えはアリシアにとって望ましいものではなかった。
(それってつまり「死ぬ気で働いてもいいよ」っていうことだよね……?)
アリシアからすれば“高難易度のクエストでも受けられる”というのは、つまりどれだけでも働けますよという宣言に等しいように思えた。
そして騎士団に入るということもまた、重労働を引き受けることを意味していた。
騎士団に入ることは名誉ではあるが、仕事は一般の冒険者に比べれば厳しいことで知られている。それゆえ実力があってもあえて冒険者のままという人間も多い。
「騎士になる」というのは子供が思い描く典型的な夢だが、アリシアの中では早々に“なし”になったものだった。
(となるとAランクになるメリットはないな……)
そう判断したアリシアは受付嬢に尋ねる。
「……ちなみに、AランクではなくCランクくらいから始めるとかできるんですかね?」
その言葉に、その場にいた全員がひっくりかえるほど驚いた。
「ええッ!? Aランクにならない気ですか!?」
Aランクのライセンスは、冒険者なら誰でも憧れるものだ。
ほとんどの人間が一生をかけても上り詰めることができないような頂(いただき)。
アリシアはその地位を、あっさり放棄しようとしていた。
(……だって、あきらかにめんどくさそうだもん)
だが、そんなアリシアの想いとは裏腹に、周囲は別の受け止め方をする。
「もしかして謙遜してるのか……?」
「あえて下のランクから下積みしたいってことか」
「俺ならすぐ飛びついてる」
「とんでもねぇ志(こころざし)だな」
――ダラダラしたいだけのアリシアに対する“神格化”が少しずつ始まっている今日この頃であった。
しかし、受付嬢には、そんなのんきなことは言っていられない事情があった。
(Aランク冒険者がいれば、クエストの滞留もなくなるはず……絶対にこの人にはAランクとして働いてもらわないと)
そこで受付嬢は知りうる限りの“メリット”を話すことにした。
「Aランク冒険者になれば、将来“年金”も出ますよ!」
その言葉に、アリシアの耳が敏感に反応した。
(ね、年金……ッ!?)
それはアリシアが望む“不労所得”に他ならない。
領主になって、何もせずとも入ってくる税金で生きていくという“夢”を絶たれた今、それに代わる収入源の獲得はアリシアが最も望むものだ。
「A級冒険者になれば、一生食うには困らないと思いますよ」
受付嬢の言葉にアリシアの心が動く。
夢の不労所得。そのニンジンを目の前にぶら下げられて、無視するわけがない。
そして受付嬢はダメ押しとばかりにいう。
「それに、Aランクのライセンスカードがあると王国内の各地で優遇が受けられます。例えば、ギルドでクエストを受けさえすれば、その週はどんな宿でもタダで泊まれますよ」
「宿がタダ……? それはどんな高級宿でも?」
「もちろんです」
逆に言えばAランク冒険者とはそれほどの存在なのだった。
(もしかしてわたし、のんびり国中を回りながら、適当に仕事して悠々自適に過ごせちゃう?)
そんな夢のライフスタイルを想像して、アリシアは歓喜した。
「Aランクライセンス、受け取ってもらえますよね?」
「ええ、わかりました」
アリシアは表面上しぶしぶといった感じでそう答える。
だが、心の中では小躍りしていた。
(これでラクな生活が待ってるぅ!)
――まさか死ぬほど働かせられることになろうとは、つゆ知らないアリシアであった。
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